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何かで争った記憶がほとんどない。
反抗期はあった、でもそれは甘えの表現であり小さなものが大きなものに憤りの捌け口を求めただけ、、 バスケ部に所属していた頃試合に出たことがある、形式上はそれだが実質闘争心のようなものは無かったのではないかと思う。現に負けてもそれほどの悔しさは感じなかった。 成績を競ったことも無い。 受験戦争も知らない。 一人っ子故兄弟で何かを取り合うといったことも無い。
機会が無かっただけとも思わない。 誰かと利害がぶつかった時、自分はぶつからずに行き来できる道を探したり違う方向へ歩き出す等、とかく争いを避けてきた節がある。 争いが嫌いか苦手か、はたまた面倒なだけなのか、、、。
前説が長くなったが最近、数年ぶりであろう「口争い」をした。 内容はともかくその「数分間の会話」はかなり精神を消耗させたらしい、その日は仕事半ばでグロッキーを決め込み目も虚ろだった。そして昨日は溝の埋め立てというこれもまた一つのハードパンチ、、。
「資本主義」≒「争い主義」ではないかと思い始めた今日この頃。≒が=でないことを願いつつも、もし後者であったなら、、自分は鍛えるのか離脱するのか、その選択権はこの手にあるのか、どちらにしてもオフロードではないだろうか、等等青みがかった思案材料満載で燃費が悪いです。
「免疫が無い」とでも言えばいいのだろうかこの体質、本当に困ったら「肯定の美学」にでも頼るとしよう、、。
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