集えフットサルチーム

2006年 06月 30日 の記事 (1件)


どうも弟です。
ドイツW杯での日本代表を振り返ってみたいと思います。

2002年に誰もが思った事。

「このメンバーは4年後に成熟する」

だが、その未来はあまりにも残酷だった。
成熟どころか先をも闇にした結果をドイツで残した。
オーストラリアにはフィジカルの弱点を余す所なく突つかれ、クロアチアにはドイツの暑さと相手監督の愚策に助けられ、ブラジルには子供扱いされる。
結果がどうなろうと覚悟はしてたつもりだったが、ここまで何もできないとは思ってなかっただけにショックだ。

このような結果を招いた原因をいくつか挙げてみようと思います。
(1)準備不足
全てこれに直結するのではないかな?
神様が帰国してから散々口にしていた「フィジカルの差」。
パワーで押し込まれる場面がオーストラリア戦、クロアチア戦とあったが、これに対してジーコが取った策は

「W杯本大会が近づく中で、相手にリスタートをできるだけ与えない、不必要なファウルをしない、ロングボールを放り込まれたときでもなるべくコーナーキックにはしない、あるいはロングスローもあるので相手自陣に近いボールを(クリアで)蹴るようにということを繰り返してやってきた。」

だそうだ。
「フィジカルの差」に関しては4年前、いや、それ以前からわかっていたはず。
前任者はフラット3という形で世界に対抗したが、今回は宮本を1枚余らせるという決め事以外は全て宮本任せ。
最終的には全体で守備意識を統一できていなかったようだ。
DFの枚数に関しても3バックで本大会前に準備していたはずなのに蓋を開けてみるとバックアッパーが1人という(しかも最近全く出場のなかった茂庭)だったという笑えない現状だった。
決定力不足にしても、本大会に入ってもオーバーワークになるほどシュート練習を繰り返しやっていただけ。
それが返って選手のコンディションを悪化させる始末だった。

(2)俊輔の不振
本大会前から発熱し、足の怪我をわずらっていては試合で満足のいくパフォーマンスなどできるはずもない。
俊輔は確かに日本の唯一の希望とも言える存在だったが、ベンチにはかつてオランダの名門でキャプテンを務めた小野もいた。
アジア1次予選で体調不良の海外組を使って苦戦したシンガポール戦の反省は全く活かされなかったようだ。

(3)活性化する若手、まとめ役のベテランの不在
アジアカップでは控えに甘んじていた三浦アツ、藤田がチームを一つにまとめ上げた結果、チーム一丸となって試合に臨んでいた。
だが、中西哲生曰く、今回のチームは練習の時からレギュラーとベンチにはかなりの温度差が感じられたそうだ。
練習メニューもチーム全員で同じメニューではなく、控えとレギュラーに分かれていたそうだ。
ブラジル戦終了後、中田が1人でピッチに倒れこんでいたのがチームとしての一体感の無さの象徴的シーンに思える。
そして、チームの流れを激的に変えられる選手も必要だったであろう。
1戦目の敗戦からの重いムードを最後まで引きずったまま2戦目、3戦目と戦う事になったので。

ま、一番の原因は準備不足じゃないでしょうか。
中田ヒデが1年前に「このチームはまだW杯で勝ち上がれるレベルまで達していない」と言ってから何も進歩のないままW杯を迎えてしまった感じがする。
2006 06/30 01:06:18 | 日本代表 | Comment(0)
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