願うは平穏、それ以上に望むは破滅。 癒されたいわけじゃない。 むしろこの傷をずっと忘れたくない。 あなたの不在でこころは歪み、ついた傷にしみるのは夕方のオレンジ色。 落陽が与える色彩はまるで狂気。 全てが今ここで終わってしまえばいい、なんて。 始末に負えない終末感。
つまるところ、あたしはさみしいのだ。 (いつかキンパチセンセイが、淋しいと寂しいの違いを言ってた、どう違うかは忘れたけど。)
それにしても、さみしいだなんて、言葉にすると薄っぺらい。 あたしの感情はこんなに軽いものじゃない。 もっと、夕陽のように全てを飲み込んでしまうような、抵抗できない重い想いだ。
どうすることもできないどうしようもなさに圧迫されて込み上げてくる涙。 でもあたしはほんとは泣きたいわけじゃない。 あなたと過ごした日々を想い出して嬉しくなりたい。 あなただってそれをのぞんでるだろうから。
それでもやっぱりあたしは笑えない。 この部屋に差し込む斜陽のオレンジがあまりにも眩しすぎるから。
* * *
あたしにはひとつだけ、声に出せない名前がある。 呼んだら泣いてしまうのは明白だったから、あなたの名前は言わないと決めた。
ふたりで過ごした日々はたのしかったね。
なんで過去形になってしまったんだろう。 きっとこれからだって、たのしいはずだったのに。
あなたと過ごした2年間は、どんなものよりも今のあたしを支えそして蝕んでゆく。
『たのしかったね。』
真夜中に目が覚めて、隣で寝ている彼の顔をそっと見つめる。 愛しく想って彼の名前を呼ぼうとしたら、くちびるからこぼれたのはあなたの名前で愕然とした。
4年半ぶりに声にしたあなたの名前は優しく響いて静かに消えて、彼のことは心底すきだけど、やっぱりあたしは泣いてしまって、まださみしい。
[2003.summer に加筆修正]
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