■ その時歴史が動いた
197X年 柳沢きみおのラブコメ発明

今でこそこんなすごい絵を描いているきみお先生も25年前は
萌えマンガ家だった。日本最初の萌えマンガ家である。
「柳沢きみおがラブコメを作った」という事実だけは知られているが、あまり知られていないその内容についてまとめてみた。
※日本ラブコメ年表(〜1984)
きみおはこの最初の2作品で後の50年分の仕事に匹敵するラブコメの公式を生んでいる。
もうこの二つだけでラブコメを90%完成させていると言ってもおかしくない。
ところできみおの作風の遍歴は今のところ4期に分けられる。
70年代中期といえばドタバタギャグマンガ全盛期で、きみおもとりいかずよしのアシスタントをしていたギャグ作家であり、少年ジャンプ連載の「女だらけ」(1973〜5)で世に出た。
そう、きみおは
ジャンプ出身なのである。
今となっては小林よしのりや星野之宣以上に最もジャンプ出身であることが信じられない作家だ。
ジャンプを飛び出した後チャンピオンで連載された「月とスッポン」でも単にギャグマンガの設定として公式1を生んだのであり、このマンガは「翔んだカップル」とは違い最後までギャグマンガであることを貫いている。
しかしチビで冴えない主人公のことを
「お兄ちゃん」と呼ぶ
幼なじみのヒロイン、
世界ちゃんの萌えキャラとしての魅力が後の少年誌、ギャルゲーに至るまでヘビー級の影響を与えることになる。
まず「かぼちゃワイン」はこの設定をそのまま流用したものだし、
私には世界ちゃんに角をつけるだけでラムちゃんになるように見える。
次にラブコメの元祖として名高い「翔んだカップル」。
このマンガは
「ひょんなことから可愛い同級生の女の子と二人っきりで同居することになってエッチなことがおこる話」という初期設定が有名ですが、
(まあこの初期設定が与えた影響も大きいのだけれど) もっと重要なのは公式2の三角関係です。
この時もきみおは深い考えは無かったと思う。
同居の設定が行き詰まったから登場させた美少女・杉村さんの魅力が正ヒロインの圭ちゃんを食ってしまった。
それにより作者も予期していなかった恋愛ドラマになり、柳沢きみおという作家も変わった。
これはパンドラの箱だった。
杉村さんが登場するまで少年マンガには明るく可愛い女の子しかいなかった。
よって正式には「クールな美少女の方が本命なんだけど可愛い方も捨て難いぞと悩む優柔不断な主人公」というのが正しい。
この設定はやはり「きまぐれオレンジ☆ロード」がそのまま流用しているし「めぞん一刻」の一要素でもある。「みゆき」もそうだ。村生ミオはきみおの弟子だし。みんなきみおの影響下にある。
この公式は永久機関と言っていい。
つまりラブコメというジャンルは、
「その時代の最も可愛い女の子の絵を描くマンガ家がきみおの設定を受け継いでいく」 伝統芸能のようなものだ。
あんなすごい絵を描いている今では信じられないがきみおも25年前は、少年誌で最も可愛い女の子の絵を描くマンガ家だった。
だから新しくラブコメを描こうという若いマンガ家は
デコポンとサラミを持ってきみおのアパートへあいさつに行かなければいけないのである。 「翔んだカップル」の後きみおはさらにいろんなタイプの女の子を登場させてストーリー展開をゆるくした発展系「Good Girl」(ヤンマガ創刊連載)でラブコメを完成させる。
1982年には後の主戦場となるスピリッツで不倫マンガ「瑠璃色ゼネレーション」を描いていたから彼のラブコメ作家時代は4年程度に過ぎない。
ちなみにきみおは
ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオン、キングの5大少年誌全てで連載経験を持つおそらく最後の作家だろう。
これほど偉大な仕事をしているのに彼の作品は「月とスッポン」をはじめ再発されたことがない。「翔んだカップル」にしてもそれぞれ一度ワイド版・文庫化しているが今は読めない。単行本収入ほとんど無いと思う。
だから彼は
デコポンとサラミを食いながらビールを飲んで「美味し!」と叫ぶことしか楽しみがないのである。
ところで5大少年誌全てで連載経験を持つ作家って他にいるんだろうか?
ジョージ秋山と永井豪ならたぶんやってると思う。
※ デコポンの話はフィクションです。
追記:
冒頭に書いたラブコメ年表に大きな間違いがありました。
「OH! 透明人間」「ハートキャッチいずみちゃん」はラブコメじゃない、
小エロマンガだ。
「小エロの陳勝呉広」はこの2作だな。中西・遠山ご両人は20年以上これと同じレベルのマンガを描き続けているというのも尊敬に値する。