冬晴れの空の下、琴平行きの電車の中では“
睡欲”と“
景色を眺めたい欲”が格闘している自分がいました。
ただ、車窓からの雄大な
讃岐富士の景色が睡欲を圧倒したようで、以降善通寺に着くまでは、車窓からの眺めを楽しんでいました。
今日は幼稚園の頃以来の善通寺についてです。(ドラケン石原)

善通寺駅着は11時過ぎ。毎年この時期は特急列車で通過しているので、実際に駅を出るのは、幼少の頃親戚の人と来て以来ということになる。
駅のホームには『空海弘法大師生誕地』というモニュメントがあり、仏教界の巨星の故郷を実感できる。

こざっぱりした駅前からまっすぐ道が延びており、善通寺境内までは徒歩15分程。
四国に入ったことを実感できる陽気の中を歩くには丁度よい感じだ。
12月末にしてはほんとにぽかぽか陽気である。道沿いには等間隔でバス停留所がある。見ると市民バスのようで『
空海号』というのが走っているらしい。停留所自体のデザインがマンガチックでなかなか面白い。

眼前に五重塔が見え始めると境内の入り口に差し掛かった。駅前は新興タウンの駅前のようでノッペリしていたが、ここまで来るとさすがに門前町の雰囲気が色濃くなってきた。

境内に入った後で気が付いたが、自分が入ったのは正門ではなくいわゆる西門だったようだ。それでも正門と見紛う大きさだった。

33年振りの境内。豪壮でかつ霊厳な五重塔、そして金堂。当時の記憶とだぶらせるにはいささか隔年の感があり過ぎるが、今もって強烈に迫ってくるものがある。

境内の中ほどに巨大な楠木がある。

実は私の母親は幼少の頃この善通寺周辺に7年ほど暮らしていた時期があり、本人にメールでこの木のことを伝えると
「子供の頃はその木の周りが自分の庭みたいで、よくお兄ちゃん(義父)と遊んでたのよ!楠木はその頃のシンボルだったわねー、懐かしー!」
という返事が返ってきた。もうその頃からは60年余りが経っている筈だが、あるいは空海時代からの歴史の生き証人であるかもしれぬこの老木にとっては“つい最近”といったところなのかもしれない。

“疲れ”と“心地よさ”が入り混じった不思議な感覚を覚えつつ、善通寺の境内を後にした時点でもう既にお昼を過ぎていた。

昼メシは絶対
“さぬきうどん!”と決めていたので、駅からここまでの間に見かけた2〜3軒のうどん屋の中から選んでやろう、ということで、そろそろ元来た道を引返しはじめたのであった。(笑)
※弘法大師帰朝1200年記念 幻の小冊子「空海」(中国西安青龍寺監修)無料プレゼント情報 善通寺境内はとにかく大きく、その気になればまる1日過ごしてもいいのでは?という感じでした。あと、なぜか「親鸞堂」があったり?

と結構驚かされたこともありました。
次回は、この後入ったうどん屋さんとその周辺について、を予定します。(ドラケン石原)
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