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結婚をして半年以内に離婚をしてしまうご夫婦も中にはおられます。

結婚をする前から夫と妻の両方とも結婚に迷っていたということもあるようです。しかし、様々な意味で、結婚をしてしまったということのようです。

また、夫か妻のどちらかが、相手と合わないような気がしているが、これも様々な意味で結婚をしてしまったということが多いようです。

さらに、子供が出来てしまったので、とりあえず結婚をしたという場合もあります。

上記のように、結婚後半年以内で離婚をしてしまうという場合には、100%ではありませんが、結婚前に躊躇するような事柄があったということが言えるようです。

婚約をした後や結婚式場を予約した後、結婚式の招待状を出した後などに、結婚をやめるとはなかなか言い出せないのが実情でしょう。

そのような後に結婚をしないと言い出した方は、相手から婚約破棄、婚約不履行で慰謝料を請求されるかもしれません。

しかし、何らかの理由で結婚前に気乗りしなくなった結婚は、短期間に終わることが多いようですので、勇気を出して結婚をしないことも必要な場合もあるのかもしれません。
2005 05/06 23:38:53 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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日本では結婚をする場合、夫の籍に妻が入ることが多いようです。
しかし、夫の籍に入ろうが妻の籍に入ろうが、実はそれは自由に選択できることになっています。

少数派になりますが、夫が妻の籍に入ることがあります。つまり妻の姓を夫が名乗ることになる場合です。
このような時、世間一般では、夫が妻側の婿養子になったと捉える方が多いかと思います。

夫が妻の籍に入り、妻の姓を名乗ったとしても、婿養子になったわけではありません。
現に、妻が夫の籍に入り夫の姓を名乗ったとしても、妻が夫の両親の養子になった、妻養子になったとは言わないでしょう。
それと同じことです。

戦後相当年数が経っているのにもかかわらず、夫が妻の籍に入り妻の姓を名乗るというときだけ、婿養子と言う考え方が出てくるのは、昔の慣習がいまだに残っているからだと考えられます。

ですから、夫が妻の籍に入り妻の姓を名乗っただけでは、婿養子ではありません。
夫が妻の両親、あるいは父と養子縁組をしなければ、夫と妻の両親は親子の関係はなく、妻の親がなくなった場合、妻の親の相続が夫に行くことはありません。

ですから、夫が妻の籍に入り妻の姓を名乗る場合で、夫が婿養子となるつもりであるのであれば、妻と結婚をし、その後妻の両親とあるいは妻の父と養子縁組をしなければ、法律上は婿養子とはならないことに注意をされて下さい。
2005 05/04 16:27:02 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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性格の不一致や価値観の相違という理由の場合で離婚をする場合、妻が財産分与やその他の金銭は何もいらないと言うことがあります。時には、子を妻が引き取り育てるつもりなのに養育費もいらないという場合もあります。

要するに、何もいらないから、離婚をして、夫と早く縁を切り、夫とは全く別の人生を歩みたいと願う妻もいるということになります。

妻は、専業主婦になる場合もありますし、継続して結婚してからも同じ会社に勤めている場合もあります。

何もいらないという妻は、専業主婦であろうが勤めていようが、そのようなことにはほとんど関係なく、ともかく夫と何の関係も持ちたくないという意思表示をしているようなもののように感じとることができます。

離婚時に、財産分与何もいらないと言う妻は、「財産分与も何もいらない」という言葉で、自分の気持ちや思いをすべて表しているもかもしれません。

子がいれば養育費そして子がいなければ財産分与は、離婚時の最低限の決め事のように思われますが、それさえいらないと言うのですから、ある程度冷静に考えることが出来れば、そのようなことを言う妻の心の奥を想像することは可能でしょう。

離婚は結婚の失敗と言う人もいます。

しかし、結婚はしてみなければ分からない、というのも嘘ではないでしょう。

「財産分与も何もいらない」には、それを言う人の深い心の奥が隠されています。
2005 05/01 20:11:33 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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現代の人間に限ってみれば、人間が一番恐れているのは、人間なのではないのでしょうか。
そして、現代の人間が一番悩むとしたら、人間関係から起こることなのかもしれません。

人間対人間、自分という人間対自分以外の人間、ということから起こるという意味になります。ですから、自分の家族や親族も含めることになります。

人間は弱いところもありますが、大きな自然災害に遭いますと、相当こたえているはずですが、ある程度時間が経ってきますと、なんとか復旧をしようと頑張る人が多いようです。

しかし、生活している中でのほんの些細なことが気になり、気分を悪くしたり、怒ったり、憤慨したりして、自分の精神をマイナスに導いてしまうことも少なくないようです。

家庭内でも、また社会に出たその世界でも、些細なことが人を悩ますということも否定できないようです。

自分の人生の中で、このような些細なことをうまく処理していければ、より楽しく豊かな人生を送れるようになるのかもしれません。

ですから、夫婦関係におきましても、些細なことを夫と妻のお互いがうまく処理できるのであれば、夫婦間のトラブルも少しは減ることでしょう。

しかし、夫婦の一方が、あるいは夫婦の両方ともが、その些細なことをずっと続けるようでありますと、夫婦の関係はおかしくなることもありましょう。

「雨だれも石を穿(うが)つ」というように、長い年月をかければ、相手の精神をいためてしまう可能性もあり得ます。


しかし、そうは言いましても、人間関係、特に夫婦の間の人間関係では、”ささいなこと”でお互いに争わないようにした方が賢明のような気がします。

その”ささいなこと”がどうしても受け入れられないということであれば、その夫婦はこれから先もうまく生活していける可能性は少なくなりましょう。

でも、やはり、”ささいなこと”は水に流していくことが、人生はより豊かになるのかもしれません。

相手にささいなことは気にするなと求めてもうまくいきません。
自分自身がささいなことを気にしないようにするだけです。
それでも相手がささいなことを気にしているのであれば、その相手とはできるだけ顔をあわせないようにすると良い結果を生むかもしれません。

仕事上どうしてもそのような些細なことを気にする人と会わなければならない場合には、用件だけで済ますようにしてみると良いでしょう。

さて最後に、夫婦関係が悪くなる前に、ささいなことをまずは自分が気にしないようにされてみることが非常に大切かと思われます。
2005 04/24 22:49:01 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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人間が生きていく上で、様々な不安や心配や葛藤や焦燥や怒りが生じてくることがありましょう。

もし生きていく上で、夫婦関係も含め、何らかの不安が生じてきましたら、その不安から生じる得る最悪の状態を想定してみましょう。

次に、生じ得る最悪の状態が想定できましたら、自分の力ではどうにも出来ない場合もありますので、その最悪の状態を受け入れる決心をしてみると良いでしょう。

このようにしますと、多くの場合、火事場の底力のような気持ちが湧いてくると想像できますので、その自分で想定した最悪の事態を少しでも良い方向へ向けられるよう、心を落ち着かせ、可能な限り冷静に自分の生きていくエネルギーと時間を集中して使えるようにすることが大切でしょう。

何らかの不安や心配に悩んでいる場合、それから自分に起こるであろう事態を恐れていることがしばしばです。
ですから、怒り得る最悪の事態を想定し、それを受け入れる覚悟さえしてしまえば、自分に怖いものはなくなります。


夫婦間も含め、現代の様々な人間関係と社会の構造は、現代人を精神的に病ませる要因となる可能性があるようです。

人間ですから、不安という感情が起こるのは当然ですが、不安が起きていようがいまいが、今この時のこの時点での自分の人生は変わらないわけですから、仕事は良くやり、仕事を外れたら、自分の趣味に没頭したり、音楽を聴いて心を休めたり、そして何よりも重要なことは良く眠ることでしょう。
睡眠を良くとらないのが現代人の特長のようですが、長い目で見れば、睡眠はよりよい健康をもたらしてくれるはずです。

そして、人生にはコミカルな部分があることを認めるとよいでしょう。


さて、夫婦間で言いますと、心を休めたり、良く眠れたり、そして人生のコミカルな部分を認めたり出来ないような関係であるのであれば、いずれは夫か妻のどちらかが、または夫と妻の両方ともが、結婚生活を維持できないという思いが生じてくることになる可能性は否定できないと考えられます。
2005 04/22 22:21:59 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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DV(家庭内で行われる夫婦間の暴力)は、夫が妻に対して暴力を振るうことが多いのですが、妻が夫に対して暴力を振るうこともあることを忘れてはなりません。

配偶者から暴力を振るわれ、それがある一定期間継続しますと、暴力を受けている方は逃げることさえ出来なくなることがよくあります。

DVは、暴力を振るう方が他方の配偶者を無力にしてしまうことを目的としているように見受けられることがしばしばあります。

身体的な暴力だけを振るうということは珍しく、多くの場合、言葉の暴力も伴っています。

現在のDV防止法では、身体的な暴力だけではなく、精神的な暴力もDVの対象になっているようですが、精神的な暴力を証明するのははなはだ難しいので、こまめに記録を取っておかれることでしょう。


さて、暴力を振るわれ続けた場合どうすれば一番良いかということですが、ともかく「暴力を振るわれることは、どんな理由があるにせよ許されることではない」と思うことです。

そして、暴力を振るう相手には何を言っても無駄ですので、可能かどうかと考えることなく、暴力を振るう配偶者から離れて暮らすことです。

避難する場所がなければ、都道府県の婦人相談所等で至急相談をされ、一時的にでも良いですから、避難をさせてもらい、そこから警察に届け出たり、その他法的な措置を取ってもらうようにされることでしょう。

相手が暴力を振るうのであれば、避けるが勝ちです。

いたずらに抵抗をすれば、殺傷沙汰(お互いに相手を傷つけてしまう場合もあります)になる可能性も否定できませんので、ともかく婦人相談所や福祉事務所等の力を借り、暴力をするう相手から姿を消してしまうことを考え、実行しましょう。
2005 04/20 18:11:14 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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憲法に信教の自由が規定されています。
ですから、原則として、自分の配偶者が何らかの宗教に入っているからといって、そのことを理由に離婚をすることは出来ないとされています。

しかし、自分の配偶者が入信している宗教の活動のために、妻が入信している場合であれば、家事のほとんどをやらず週に数日から毎日のように宗教活動をして家のことをなにもしないとか、夫が入信している場合で、家庭に生活費をいれず給料のほとんどをその宗教のためにお金を使ってしまうとかであれば、これはその何らかの宗教に入信していることで、結婚生活が成り立たないわけですから、離婚が認められることが多くなるようです。

また、もし何らかの宗教に入っていることを告げず結婚をした場合で、後から自分の配偶者が宗教に入っていることを知った場合、それを理由に離婚できるかどうかですが、これは様々なようです。

何らかの宗教に入っていることを言わずに結婚をしたと言いましても、やはり心の信教の問題ですから、そのままではそれが理由の離婚をすることは難しいということになると言う考え方もあります。

また、もしそのような宗教に入っていることを知っていたら結婚をしなかった場合もあるので、結婚前に重要な告知をしなかったということで、離婚が出来るという考え方もあります。

他に様々な意見もありますが、お互いの話し合い(協議)や家裁の調停では、宗教のことも離婚理由として持ち出すことも多いのですが、結局は、宗教ということではなく、「価値観の相違」や「性格の不一致」いうことで離婚をする方々が多いように見受けられます。
2005 04/13 23:27:37 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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ある日突然、配偶者から離婚を言い渡されることもあります。

「離婚をして欲しい」と配偶者が言うまで、これまで何の夫婦の問題もなかったということもあります。

このような場合、離婚して欲しいと言われた方は、戸惑ってしまいます。

特に、言われた方が専業主婦の場合には、驚きを隠せないでしょう。

言われた方は、
「自分は何も悪いことをしていない」
「勝手すぎる」
「離婚の理由がわからない」
等、様々な思いが湧いてきます。

しかし、これまでそんなことを考えている素振りも見せなかった離婚を切り出す方は、何年も前から離婚を考えていたということもしばしば見られます。

でも、離婚を迫られた方は、離婚したくなければ、離婚を拒んでも構いません。
但し、離婚を拒むことが出来ても、必ずしも配偶者と一緒の生活が出来るということではありません。

離婚が成立しなければ、時間の差はあれ、いずれ配偶者は出て行くことになりましょう。

そうです。別居です。

別居が何年続くか分かりません。

別居をされても、離婚に応じられない場合もありましょう。

100%とは言いませんが、離婚を請求し別居をしてしまう配偶者と、一緒に暮らすことは不可能なことが多いようです。

「離婚をしたくない」場合には、ある期間であれば、可能です。
しかし、いずれは離婚が成立する日がくることになることは間違いがないでしょう。

離婚したくない方も幸せになること、離婚したい方も幸せになること、それを祈るしかありません。
2005 04/05 19:07:09 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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離婚そのものや、財産分与の分け方や、慰謝料額や養育費の額を考えるとき、
「法律的にみてどうなんですか?」
「法律的に認められますか?」
「法律的に不当なのですないのですか?」
「このような理由で、法律的に離婚できるのですか?」
と、”法律的”にという言葉が良く使われます。

まず、”民法”に離婚は規定されています。
法律で認められる離婚事由は、当然この”民法”に記載されています。

法律を本当に適用して離婚や離婚の条件を決めるとなりますと、家裁の調停を経て、裁判で決めてもらうことになります。

ですから、お互いの話し合い(協議)や家裁の調停では、当事者夫婦の家庭の収入や財産状況等を良く考えれば、ある程度の財産の分け方や養育費の額や慰謝料の額の範囲は想像できるはずです。
であれば、収入や財産状況から考えて、無理のない範囲で金額を決める交渉をすることになれば、お互いにある程度は譲り合えることもありましょう。

しかし、現実的には、お金を支払ってもらえる方は出来るだけ多くもらいたいし、支払う方は出来るだけ少ない金額で決めたいのが、人情でしょう。

どちらも責めることは出来ません。

しかし、特に不貞をした配偶者に対し、高額な慰謝料を請求する方々もおられます。
不貞をした配偶者が一般的な勤め人と比べて高収入を得ていれば、当然それに見合った慰謝料を請求し、それなりの慰謝料を支払ってもらえることもあるでしょう。

しかし、一般的な勤め人であれば、多少収入が高くても、余りにも高額な慰謝料や養育費は支払えないのが現実のようです。

法律的に見ますと、やはり支払う側の収入や財産状態を考慮せざるを得ないであろうということになります。

離婚の場合には、特に夫と妻の心情が入ってきますので、離婚の交渉は長引くことの方が多いかと思われます。

何らかの金銭を支払う方も、金銭を支払ってもらう方も、無理のない範囲でとなれば、協議でも家裁の調停でも、離婚は可能でしょう。

もっとも、日本の場合には、協議離婚が90%、家裁の調停離婚が9%、ということですから、結果的にはもめながらも離婚を成立させているということになりましょう。

問題は、約束をした養育費等が最後まで支払えるかどうかということだと思います。

もし、お互いが無理のない範囲で金額を決めたのであれば、支払う側は、約束した最後の時期まで、約束の金銭を支払いつづけていただきたいと思います。

法律的にと言いながら、法律的ではないことも多いのが、離婚の特徴です。
2005 04/01 18:53:25 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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夫婦というのは、どう考えても他人同士ですから、そこには人間関係が存在することは否定できません。

現在の日本の中で、敵というものは存在しないのかもしれません。ライバル、ということであれば、存在するかもしれません。

ともかく、家庭を出れば、夫も妻も、他人と触れ合うことになります。

自分と会う他人とすべて仲良く出きればよいのですが、相手が勝手に仲良くしてくれないこともありましょう。
また、自分自身が仲良く出来ない相手がいるかもしれません。

殺人やその他犯罪を犯す場合は別として、人間は完璧ではありませんので、自分の配偶者である夫あるいは妻が、何らなかの失敗をしたり、責任を取らなくてはならなくなることもありましょう。

そのような場合、夫婦仲が悪くなる場合もありますが、もしそうでなければ、自分の配偶者を甘やかすということではなく、本当に味方になるのが、結局夫婦であろうと思われます。

もちろん、自分の親や兄弟姉妹や親族も味方になりうるかもしれませんが、それほど大きな関心は示さないと思われます。

親は心配をして親身になってくれることもありましょうが、本当に味方をしてくれるかどうかは分かりません。

犯罪は別として、困ったときや窮地に陥ったときに本当に味方になりうるものは、自分の配偶者であることが一番心強いかと思われます。

最終的には、味方同士になれる夫婦は、その時点では、最高に良い関係の夫婦と言えるのではないのでしょうか。
2005 03/30 23:41:27 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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特に男女の間では、「喧嘩をするほど仲がいい」といいます。

喧嘩にも、程度の差や質の差(内容)、回数・頻度、などによって異なってくることでしょう。

どんなに好きで結婚をしたとしても、夫と妻は他人であることには間違いがありません。
他人というと勘違いをされるかもしれませんから、配偶者も自分ではない人間であると考えると分かりやすいかと思います。

親子同士でも、子が成長するにつれて、一緒には住みずらくなることもありましょう。

夫と妻は、例えば家柄が似ているとか育った環境が似ているとかいいましても、よく考えてみれば、異なった家庭や場所で生きてきたわけですから、習慣等も異なりましょう。

また、夫は男性であり、妻は女性でありますから、当然異なってきましょう。
細かいことを検討しだしましたら、相違がいくつでも出てきてしまうでしょう。
そのようなことを考えれば、夫と妻が”喧嘩”をすることもありましょう。

では、どの程度の喧嘩ならばよいのでしょうか。

どの夫婦にも共通して言えるものはないことは分かります。
夫婦それぞれ、というのが無難な答えでしょう。


さて、喧嘩とは、普通は相手を怒ることではないのでしょうか。
感情的になり、大声を上げたり、相手を罵倒したりすることもありましょう。

仕事をしていますと、相手を怒らなければならないときもあるかと思います。
しかし、怒るということは、怒っている本人の気分も悪くしますし、怒られた相手も気分を害します。

夫婦喧嘩も同様でしょう。

喧嘩をしてもある期間は仲がいつも良かったように見えていても、長年喧嘩が続けば、さすがにその夫婦は別居をしてしまったり、離婚をしてしまったりするようになることもあります。

完璧な人間はいませんから、夫が妻を怒っってしまったり、妻が夫を怒ってしまったりするときもありましょう。
そのような時は、できるだけ後に引かないように、怒ったことを忘れたり、怒られたことを忘れてしまうことでしょう。

夫婦の喧嘩は、夫の場合には「お前が悪いからだ・・・」と言うことが多いし、妻は「貴方が悪いのよ・・・、貴方のせいよ・・・」ということが多いようで
す。

怒ったら、その後すぐに、相手をいたわることでしょう。

”夫婦喧嘩は犬も食わない”といいます。
が、しかし長い期間を見てみますと、夫婦喧嘩はやはりよくない影響を与えるようです。
2005 03/28 17:11:52 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚をして幾年かが経ちますと、付き合っていた時代や恋愛時代のような恋焦がれるような躍る思いはおさまり、夫と妻はお互いにその存在すら忘れてしまうような感覚におそわれているように感じるのかもしれません。

もしそうであれば、夫婦としてはうまくいっている方なのかもしれません。

普段の生活で、夫あるいは妻の存在が余りにも大きく思えるのは、何か重大なことが起こっているのからかもしれません。

”空気のような存在”といいますと、’目立たない’、’いるのかいないのかわからない’、’どうでもよい存在’、’軽い存在’とかを意味し、どちらかと言えばよくない傾向を表しているような気がします。


「空気」は、人間が生きていく上でなくてはならないものです。
地球上の何もかもが、空気があることを前提としているのではないのでしょうか。

少なくとも人間は、空気がなくては生きていけません。

それほど大事なものである空気に、人間はお金を払っているのでしょうか。
タダです。
そんな馬鹿なことが、現にあるのです。
どの人間もみな平等に空気は与えられていると考えてよいでしょう。

人間が人間の世界の中で生活していくには、交換手段であるお金がないと生きていけません。

しかし、お金があっても、空気がなければ生きていけません。
水も、空気があるから存在しているのかもしれません。

これほど大事で、なくてはならないものが、無料で手に入るなどどは信じられません。

このような意味で、夫と妻が、お互いにお互いを「空気のような存在」と思い合っているのであれば、その夫婦は、大変良い関係を築いている夫婦と言えるのではと思います。
2005 03/26 20:19:23 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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日本人は、とかく自分の身内のことを他人の前では悪く言う癖があるようです。

特に自分の子供に対しては、他人の前では、
「うちの子は、・・・・・がダメなのよ」
「うちの子はてんでイクジがないのよ」
というようなことを平然と言う方々が多いように察します。

それは日本人の美徳だと勘違いをされてきているのか分かりませんが、決してよいことではないと思われます。

決して、自分子を自慢をしたり、ほらを吹いたりすることではありません。

他人には、自分の子の良いところを話せばよいのです。


それと同様のことが、自分の配偶者のことに関しても言えます。

どうも日本人は、自分の配偶者のことを、他人の前では良く言わないことが多いようです。

謙遜をしてそのようによく言わないのか、本当に良く思っていないから悪く言うのかわかりませんが、少なくとも家庭崩壊の危機や離婚の危機に到っていないのであれば、自分の配偶者の良いところをさりげなく話されれば良いのになあと思います。

どんなに謙遜の意味でもあるいは冗談でも、自分の配偶者や子のよくないところを他人には言わないようにしたほうが良いでしょう。

謙遜や冗談のつもりで配偶者の悪いところを話したつもりでも、それが配偶者の耳に入ることだってあります。
そのようなことが続きますと、配偶者は当然面白くなく感じ、あなたをよく思わなくなることだってあり得ます。

ただ、離婚を決心して、他人に相談をしたり話をする時には、よいことばかりは言えないでしょう。

ですから、他の人に自分の配偶者を悪く言うときは、離婚を決心しているか、離婚の危機にいたる覚悟で話すことが、これからは必要かと思います。

現在の日本では、離婚は、どの夫婦にも起こりうる時代になったことを深く心の奥に刻み込まれておかれることでしょう。
2005 03/25 22:50:52 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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住宅地なのに、朝から晩まで大きな声や物音を立てる人。仕事だから仕方がないという言い訳。

住宅地の中にある幼稚園や保育園で、その建物から中の声が聞こえてくるのを何の対策もなくそのままにしている経営者。その上、前の道で送り迎えの両親が大きな声で何時までも話していたり、子供が騒ぎまわっているのをそのままにして、近所に迷惑を毎日かけている子の親達。

最近は、マンションやアパートに住む人達が多くなりましたが、騒がしくする人もいて、なかなか厄介な問題に直面している方々もおられるようです。

自分の住む場所は、周囲の環境も含め、うるさくない環境を作っていくことが必要でしょう。

日本の場合には、一戸建てでありましても、それぞれの土地は狭く、隣が非常に近接していますので、お互いに騒がしくならないように工夫をしたり、注意をしたりする必要がありましょう。


さて本題に入りますが、結婚をして、家庭を作りますが、あなたの家庭内はどうでしょうか。

夫が妻にやかましく言いいませんか。
また、妻が夫にやかましく何かを言いませんか。

明るい雰囲気の家庭はよいのですが、ただ単にうるさくしている家庭は、おそらく気が休まらないでしょう。

例えば、妻が夫に毎日うるさく何かを言うのであれば、夫にとっては家庭は安らぎの場ではなく、近づきたくないものとなるかもしれません。

うるさくする配偶者が、家庭の不和の元凶だと思われてしまいますと、家庭の崩壊へと向かう可能性があるような気がします。

活気があることと、うるさくすることとは違います。
喫茶店は声を出して話す場所ですが、それでも子供が大きな声を出したり、大人があまりにも大きな声で話せば、波長が乱れますので、注意をされるか、店を出されてしまうかされてしまうでしょう。

「明るい家庭、活気のある家庭、活き活きとしている家庭」と「騒がしい家庭」は異なります。

ある新聞の記事にお医者さんが書かれていましたが、騒音を長い間聞いていると、耳が遠くなるのがはやまる、ということです。

さわがしいことを長い間我慢をしていれば、それなりの症状が出てくるということでしょう。

人間は誰もが完璧ではありませんが、家庭内でさわがしいことがないかどうかを点検してみるとよいのではないのでしょうか。

騒がしいことがあったら、あまり騒がしくしないよう工夫をしてみると、家庭の雰囲気がぐっと良い方に変わるかもしれません。
2005 03/24 18:27:45 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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ここ数年、中学生や小学生の児童が、同級生や他人を殺傷する事件が起こると、その学校や他の学校で、すぐ命の大切さということを話すようにしていることが多く見られます。

命の大切さというのはどういうことを意味しているのでしょうか。

なぜか、未成年の子供が殺傷事件を起こすと、やけに周りや世間が「命の大切さ」を強調する風潮が目立ちます。

命を大切にするとはどういうことですか?
他人を殺さなければ命を大切にすることなのですか?
他人を傷つけなければ命を大切にすることなのですか?
なぜ未成年の子に特に向かって、「命の大切さ」を強調するのですか?
大人は命を大切にしているのですか?

まず大人の世界を見てください。確かに、他の人の身体を傷つける人は少ないでしょう。

しかし、他人の精神を傷つけてはいませんか。
他人の人格を傷つけてはいませんか。

会社やお店でお客様と応対する方々の中には、大きい会社とか小さい会社とかの区別なく、お客様を傷つけるような応対をする人も少なからずいます。

また、住民のために役立つはずである市区町村や都道府県の窓口でも、応対の悪い人が、結構見られます。

自分自身もそのような応対をされるのは嫌であるけれども、自分以外の人もそのような応対をされるのを見るのも嫌なものです。

命を本当に大切にしているのでしょうか。

でも、ここでは難しく考えることはやめましょう。

命の大切さというのは、人間に関して言えば、自分も他人も、その人らしく楽しく幸せに生きる、ということにしましょう。

結婚をしている人は、子がいれば子にもということは当然ですが、自分の配偶者の命の大切さも考え、生活をしていくことが大切なことではないかと思います。

大人の人が、まずは、命を大切にしていることの模範を示していただきたいと願っています。
2005 03/23 21:58:21 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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まあまあよくある離婚理由で、”性の不一致”というものがあります。

性の不一致と言いますと、相談者の方も具体的にはなかなか言えなくて、当方である程度、相談者の話から想像をして、解釈をするようにしています。

性関係は、人間の生きる喜びの一つでありながら、正面を切って他の人と話し合える内容ではないということが一般的なように感じられます。

下手に話せば、下世話な話しをするとか、やらしいとか、あなたも好きねとか、セックスのは話はご法度とか、なかなか気軽には相談できない内容で、その結果、行くつくところまで行って、どうにもならなくなり、やっと決心がつくということが多いのではないのかと想像できます。

大人になれば、すべてかどうかは分かりませんが、多くの人達が異性と性関係を持つようになるでしょう。
現在では、結婚をするしないにかかわらず、恋愛時代の中で性関係を結ぶ方々も結構おられるようです。

まあ、それはさておき、結婚をしてからの夫婦の性関係が一致しない、とはどういうことなのでしょうか。

様々なケースを相当数扱っているのに、なかなか分からないことが多いものです。

離婚理由には、「性格の不一致」、「価値観の相違」、「性の不一致」が結構多く見られます。

もちろん、単独の離婚理由という場合もないわけではありませんが、どちらかと言えば、いくつかの原因があり、その中でも特に大きく感じられるものを、おっしゃるのであろうと思います。

”不貞”や”ひどい暴力=DV”であれば、その内容はともかく、一応わかります。

しかし、性の不一致とは何を意味するのでしょうか。

自分の配偶者がSMを好むとか、尋常でない性関係を求めるとかであれば少しは分かりますが、実はそのようなSM等は少数派であり、多くは、単に”性の不一致”という理由になります。

「性格の不一致」にしろ、「価値観の相違」にしろ、「性の不一致」にしろ、そのような離婚理由の言葉が出た場合は、要するに、その夫と妻は”合わない”と思えば、ほとんど理解することが出来るように思えます。

ここでいう合わないとは、なにをしても、どんなに努力をしても、その夫と妻は合うことはなく、結局、別れることでしかその2人には、どちらにも幸せはやってこないということである、と考えても間違うことはないようです。

離婚は、もめにもめた場合には、最終的には法律で解決してもらうしかないのですが、法律では解決できない部分が非常に多いようで、人間の欲求の重要な一つである性関係がうまく結べず不満足であれば、その内容を本当には言えなくても、やはり離婚は避けられない場合もあるでしょう。
2005 03/22 22:45:20 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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人間は、男性は女性を求め、女性は男性を求めることが一般的だと思われます。
男性は女性を求め女性は男性を求めることは、社会的には正常だと認められているということになります。

しかし、男性が男性を求め、女性が女性を求めることもあります。
男性が男性を求め女性が女性を求めることは、まだまだ社会的にはなかなか受け入れ難いことのように思われます。

男性が女性を求め、女性が男性を求めるのは、遺伝子・DNAに刻み込まれているからそうなるということなのではないのでしょうか。

となりますと、遺伝子・DNAに刻み込まれているものが多くの人と異なることだって当然有り得ることになります。
少数派になりますが、そのような方々もいることも認めなければならないのではないのでしょうか。


さて、非常に数少ない例になりますが、例えば、男性がある女性と結婚をしていたとします。

その男性、夫は、ある人を好きになります。そして付き合いだします。深い関係になります。
ある程度の期間付き合いだしますと、その夫の妻も、夫の行動に疑いを始めます。そして、その疑いは、現実のものとなります。
その夫の相手は女性ではなく、男性であった、ということもないわけではありません。

その夫と妻の間には、子もいることもあります。決してその夫は、”同姓愛者”というわけではありません。

妻は、判断に苦しむことになります。
法律の専門職に相談をすると、それは不貞となりうるという回答を得ます。
しかし、妻は、精神的な混乱を収めることができません。

その夫は妻を愛していると言います。
しかし、妻はその言葉を素直に受け入れられません。

結局、最終的には、離婚することになります。

その夫は、悪いことをしたのでしょうか。
法律的に言えば、やはり不貞と言うことになり得るのかもしれません。
その夫は、人間的にひどい人、と言われるかもしれません。
当然その夫は、責任を取らなければならないでしょう。

しかし、もし、その夫の遺伝子・DNA等に、多くの場合と同様に女性を求める情報が入っているのはもちろん、その他に男性も求める情報が入っているとしたら、その夫は、女性と男性の両方とも求めてしまうということになりましょう。

人間は、目に見えない情報・プログラムを身体の中に持っています。

このような夫が結婚をした場合、妻に対して、法律的に責任を取らなければならなくなるのは致し方がないでしょう。なぜなら、そのことを知った妻は、幾重にも苦しむでしょうから。

しかし、そのような夫は、妻に対する法律的なことは別として、それ以外の人間的なことでは、責めては酷のような気がします。
2005 03/21 21:36:22 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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人間生活をよく見てみますと、着るものも生活用品・雑貨も車もパソコンも住宅も様々な電化製品も、古くなったり壊れたりすれば、新しいものに買い換えることができます。

しかし、人間の身体、自分の身体は、どこかおかしくなったり古くなったりしても、変えることは出来ません。

自分の身体は、人生の最後まで、自分の身体のままで行くしかありません。

整形手術をしたとしても、生まれ持った自分の身体のままです。

自分の身体は、意識しようがしまいが、確実に日々変わっています。

身体的な変化が、自分の考え方を変えることもありましょう。
でも、自分の身体は、自分の身体のままです。

理論や思考や想像力というものも人間にはあるのでしょうが、身体があることを忘れないようにした方が良いような気がします。
2005 03/20 21:55:06 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚生活の基盤となるものの一つに、結婚生活を維持するための収入を得ること、つまり生活費を得ることがどうしても必要となってきます。

収入を得るには、一般的に考えれば、働くことになります。

働くというと、現在の日本では、多くの人々が、会社(私企業)の社員や国・地方公共団体の職員(公務員)になり、生活の糧を得ることになります。

働く場所の規模の大きい小さいにかかわらず、それぞれの規定にそった給料をえて、生活をしていくことになります。

最近では、一概に言えなくなりましたが、給料をもらって生活をするということは、ある意味で安定性があり、毎月のお金の使い道を予定することができます。

独身であれば、ある程度はその人自身で考えお金を使っても構いませんが、結婚生活を送っている場合には、たとえ共働きでありましても、思うようにお金を使っていたのでは、家計がおかしてくなってきてしまうことでしょう。

現代の特に都市部での生活では、テレビ、洗濯機、冷蔵庫、エアコン、パソコン、携帯電話、そして車は、どこの家庭でもあるような生活をしてるように思われます。

しかし、本当にそうなのかどうか疑ってしまうこともあります。

使えるお金というものは、その家庭の収入を考えるしかありません。
その収入の範囲で、工夫をして生活をしていくことが一番安全であろうと想像できます。

毎月貯金が出来ないというご夫婦もおられますが、本当にそうでしょうか。

収入が少ないのであれば、その少ない収入の範囲で生活をしていくことをまず考えた方がよいように思います。

最近の20代、30代のご夫婦は、共働きの方々も多いのですが、例えば夫だけの収入で生活が苦しいのであれば、妻の可能な限りパートまたは正職員となり、収入を得ることも考えなければならないでしょう。

社会の中で様々な影響を受けますが、自分達の生活は自分達の収入の範囲でまかなう習慣をつける方が安全だと考えられます。

とは言いましても、不動産(家、土地、マンション)を購入するとなるとキャッシュでは無理ですので、多くの場合そうしても住宅ローンを組まざるを得ないでしょう。でも、この住宅ローンを組む場合でも無理をしない方がよいでしょう。

また、どうしても車が必要な場合もありましょう。車も高いですからローンを組んで購入することもありましょう。

さて、普段の生活費を、もし様々なカードローンで足りない分を借り入れ始めたらどうなるでしょう。
たとえ遊びのためではなくても、生活のための借金をしてしまいますと、あっという間に借金が膨らんでしまうことでしょう。

住宅ローンや車のローンでさえある程度危険をはらんでいるのに、それ以外の借金(ここでは遊びのための借金を除きます)は、結婚生活の破綻の原因となりかねないものとなりましょう。

その家庭の収入の範囲内で生活をするということは、他の原因を考えないのであれば、結婚生活を長く継続していくコツのようなものだと言えるでしょう。
2005 03/18 22:52:56 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚をすれば、夫婦が性生活を行うことになります。

当たり前の話しですが、性生活は、個々の夫婦それぞれで異なりましょう。

どれくらい前からかはよく分かりませんが、少なくとも最近では、結婚する前から、性関係を持つようになってきているようです。また、結婚を前提としないお付き合いでも、すでに性関係を結んでいることもあるようです。

一昔前、少なくとも30年以上前であれば、結婚前の性交渉を、婚前交渉と言っていましたが、最近では、婚前交渉という言葉を余り耳にしなくなりました。

さて、結婚をしてからは、基本的には毎日夫と妻が顔を合わせるわけですが、夫だけが働いているか、夫も妻も働いているかということもありますが、仕事をすれば疲れます。
ですから、共働きに場合には、家に帰りますと、夫も妻も疲れているということになります。

では、専業主婦であるから疲れないかといいますと、家事は意外と大変ですし、日本の狭い住居にほぼ1日中家にいるわけですから、家にいる妻は精神的に意外と疲れることが多いようです。

結婚1ヶ月〜2ヶ月位は別として、結婚数ヶ月以上になってきて、例えば夫が今日は疲れているからその気になれない、ということもありましょう。

人間ですから、したくない気分の時や、風邪を引いていたり、体調が悪かったりすれば、夫でも妻でも、その気にはならないでしょう。

しかし、もし20代、30代のご夫婦で、夫あるいは妻が、疲れたからという理由で性生活を拒むこと1ヶ月を超えますと、一応黄色信号に入ってくる可能性があるかと思われます。

結婚まもなくこのようになりますと、子が出来るはずもなく、そのまま夫婦が上手くいかなくなる場合もあります。

また、子が出来てからも、夫と妻がお互いのぬくもりを忘れない間隔で、性生活を行った方がよいような気がします。

何故かといいますと、夫婦の性生活がなくなったことによって、様々なことが起こり、夫婦関係が悪化をするということもあるからです。

また、逆に、夫婦の仲が先に悪くなりますと、その結果として夫婦の性関係がなくなるということになります。

夫も妻も、精神的にも肉体的にもまずまず健康である場合には、めんどくさいなどと言わず、夫婦がお互いの存在を確かめ合うために、適度に性生活を行った方がよいのは、間違いがないようです。
2005 03/17 21:18:19 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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何らかの原因で、成人になっても性的に機能しない男性もいるようです。

その様な男性も、恋愛をすることが可能です。

単にお付き合いをしている間の恋愛時代には、そのような男性は性関係をしな
かったり、キス程度ですましたり、また何も求めなかったりして、相手の女性
から真面目な人というお墨付きを得て、結婚にいたることもあります。

しかし、結婚後もそのような男性は、妻に性関係を求めず、いつしか妻も不信
感を抱き始め、私のことを好きでないのか、他に好きな人がいるのか、果ては
もしかしたらこの人はセックスが出来ないのではないかと、感じさせてしまう
ことになることが多いようです。

「夫婦の性生活は、結婚生活の重要な基盤の一つである」と法的機関も認めて
いますので、妻が性的に正常であるのであれば、妻が結婚生活を続けていくこ
とは出来なくなるでしょう。

もちろん、それに気がついた妻は、夫に病院で医者に診てもらうことを勧め、
何らかの努力をするでしょうが、それでも夫が性的にダメであるのであれば、
結局その夫婦は離婚してしまうでしょう。


男性は、女性の身体のある部分を見ると、性的な興奮を覚える人が多いことで
しょう。
おそらく、その時の男性の目は、女性から見ますと、”やらしい目”と感じて
いることでしょう。

やらしいと言われてしまえば身もふたもありませんが、もし女性の身体のある
部分を見て男性が興奮をしないのであれば、それは大変危険なことかもしれま
せん。

性的に正常であれば、女性の身体のどこかに目が行ってもそれはそれで仕方が
ないと思います。
しかし、見るだけではなく、いたずらに女性の身体に手を触れたりすれば、こ
れは犯罪になるかもしれませんし、女性が警察に訴え出れば、その男性は犯罪
者になるかもしれません。

ですから、多くの男性は、法律というよりも、社会的な規範をさほど意識せず
に守っているということになりましょう。


男性が正常に性的機能が働いていれば、ご批判もありましょうが、ある意味で
”やらしい”となるでしょう。

でも、その”やらしさ”が度を越えていないのであれば、やはり性的には正常
ということになるのだと考えられます。
2005 03/15 22:06:08 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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人間が生活をしていく上で一番くつろぐところは家庭ではないでしょうか。

しかしながら、家庭の問題、家族の問題が多く取りざたされています。

家庭内も身内とはいえ、自分以外の人間がいるところですから、人間関係が存在していることは確かです。

多くの人は、家庭から出て、学校や職場へ通うかと思います。
また、専業主婦とはいえ、日々の買い物やパート・アルバイトやその他のことで家庭から外へ出て行きましょう。

外へ出れば様々な影響を受けるわけですが、精神的に疲労や倦怠を生むこともありましょう。

その様なものも含め、生きていく上で避けられないことでの精神的な疲労等を和らげる場としても、家庭はあると考えられます。

夫も妻も子も、そして祖父母も、それぞれがそれぞれなりに生きられるように、家庭で調整をつけていくということになるのでしょう。

家庭は陽(日)がいつも照っていて、明るく照らされているところであることが一番良いと考えられます。

問題が起こることを望んでいるような人もいないわけではありませんが、少なくとも家庭は、生きていくための基礎の基礎と言えるのではないのでしょうか。

家庭内の雰囲気は、そのメンバーに必ず影響を与えます。

夫にも妻にも子にも、よりよく生きるための安らぎの場として家庭が求められているのかもしれません。
2005 03/14 21:06:54 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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離婚の際に決められる金銭は、財産分与、子がいれば養育費、不貞やひどい暴力がある場合には慰謝料、というものが一般的です。

財産分与にしろ、養育費のしろ、また慰謝料にしろ、その家庭での収入に左右されてしまうことを覚悟されておかれた方が良いでしょう。

財産分与がほとんどない、養育費が少ない、慰謝料が低額すぎると言ってみても、原則的には、その家庭の収入や財産状態で決まってきてしまいます。

もし妻が専業主婦(パートも含む)であり、離婚をするとすると、夫が主に収入を得ているはずですから、夫の収入や結婚してからのプラスの財産の合計で、財産分与や養育費、慰謝料の学は、およそ検討がつくはずです。

離婚を前提として結婚をして欲しくはありませんが、もし離婚もありうると想定して結婚をする場合で、離婚の際の金銭をある程度の額を欲するのであれば、それだけの収入を得ている配偶者を見つける以外にはないでしょう。

また、配偶者が一般的な勤め人(日本の90%近く)であれば、妻も夫も正社員(正職員)で結婚後も働いているということが、お互いに安全なのかもしれません。
2005 03/12 21:29:27 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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離婚をするとき、妻が子を引き取り育てる場合、通常は子の養育費を夫から支払ってもらう約束をすることが多いかと思います。そのときの養育費は、月々いくらというものが多いでしょう。
原則としては、養育費は、この月々の約束の金額を支払っていれば問題が無いわけです。

昨今では、子が高校を卒業後、大学や専門学校に進学をすることが多くなってきています。
このようなことを考えますと、大学や専門学校の入学の際にかかる費用が多額になりますので、子を引き取った母(元妻)の収入だけでは足りない場合も考えられます。
そのような場合、母(元妻)が元夫へ大学や専門学校への入学金んを含めた費用の何分のいくつかを負担してくれと請求できないことはありません。

また、大学進学や専門学校進学への入学の際にかかる費用やその後の授業料の負担の約束をあらかじめしているケースもあります。
しかし、その様な取り決めをしていない場合には、大学進学や専門学校進学の前に元夫に請求をしても良いということにはなります。

しかし、養育費を約束どおり支払っている場合は特に、その様な請求を元妻から言われますと、どうしても拒否反応が出ることが多いようです。

ですから、無理をしないで、子も18歳前後になっているのですから、子から直接別れた父に請求してもらっても構いません。また、子にはその様な権利があります。

但し、そうは言いましても、元夫が再婚をしていたり、病気になっていたり、職についていなかったりする場合は、誰が請求しても、負担してもらうことは難しくなります。

ともかく、子には、別れた父でありましても、子自身で必要なお金を請求できるということは覚えておくと良いでしょう。もちろん、子自身の名で家裁の調停を利用することも出来ます。

但し、両親がそろっている家庭でも、大学や専門学校に進学させてもらえない場合もありますので、何がなんでも請求するということではなく、子を引き取った母や、子自身でも大学や専門学校に通える工夫を考えておかれることの方が賢明のように思えます。

奨学金をもらえるようにすることはもちろんのこと、夜学や放送大学のようなところへの進学も視野に入れておかれると良いかと思います。
2005 03/11 21:24:45 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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現在では、恋愛をして結婚をする人達が多いことでしょう。

もちろん、結婚相談所等も多くありますので、お見合いで知り合い結婚をされる方々もおられましょう。

恋愛にしろお見合いにしろ、結婚相手を探すということからすれば、過程は異なるものの、結果は同じようになるのかもしれません。

好きだ、ほれた、燃えたで結婚をすることも良いことかもしれません。

しかし、好きだ、惚れた、燃えた、で即結婚をしたケースの中で、しばらく結婚生活を送った後、嫌いになった、幻滅した、冷めた、ということになり、離婚にいたることもあるようです。

好きにならないと結婚は出来ないと言う人もいれば、好きでなくても結婚は出来るという人もいます。

どちらが正しいとか正しくないということは無いでしょう。

しかし、好きで好きでたまらなく結婚をした人中で、やがて離婚にいたるケースもママ見られます。

また、現在のような恋愛が自由に出来る世の中でありましても、それほど好きと思わない人と結婚をし、長年結婚生活を継続されている方もおられます。

正しいとか正しくないとかは誰も判断できることはないと考えられますが、少なくとも、恋愛と結婚は必ずしも連続するものではないと言えるでしょう。

恋愛時代に求められていることと、結婚時代に求められているものとは、質も量も異なるということなのではないのでしょうか。
2005 03/10 21:34:53 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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「恋」は、こい、来い、会いに来い。
「恋」は恋焦がれる、好きな人に会いたい、好きな人に会うことに意義がある。

「愛」は、あい、会い、合い、会って合う。
「愛」は、会うことが前提で、合うことを目的としている。
人生のほぼ毎日、お互いに会い、合わせて生活をする。

やはり、結婚は「愛」に重きを置いている。
結婚は、会いたいときに会うのではない。
結婚は、合わせることに意義がある。
会うことも、合わせることも、相手をそのまま受け入れることでないと、負担になる。

「恋」の形態は少ないけれど、「愛」の形態は数多くあり奥深い。
2005 03/09 22:47:23 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚生活を送る内に、様々な原因で夫婦の仲が気まずくなったり、険悪になったりすることがあります。

十数年前の日本であれば、そんなこと我慢をしなさい、結婚生活には良くあること、ほっと置けば自然と良くなるよ、とかよく言われていました。

しかし、夫婦というのは同じ屋根の下に暮らしいて、基本的には毎日顔を合わせます。
それに加え、日本は住居が狭いという特徴があります。

もし他人と気まずくなったり、仲が悪くなったりすれば、当事者の両方が、あるいは当事者の一方が相手に出来るだけ合わないように工夫をしたり、避けたりすれば、案外衝突は起こさずにすむことができることが多くなります。

ところが、気まずくなったり仲が悪くなったりした夫婦が同じ屋根の下で暮らしていますと、どうしても相手と顔を合わせてしまいます。
そうしますと、やむをえないと言いますか、それそれが相手を冷静に見ることが出来なくなってしまいます。

ですから、このような場合、いわゆる”冷却期間”を置くために、別居をしてみるとよいと思います。

また、どちらかが離婚をしたくなった場合にも、相手がどうしても離婚に応じてくれない時には、家庭内での言い争いや、果ては暴力を避けるために、別居をした方が賢明であると考えられます。

但し、気をつけていただきたいのは、最近は日本人は我慢をしなくなったとは言うものの、別居にいたるまでは、当事者の両方とも、または当事者の一方が、かなり我慢をした上で別居をする場合が多いものですから、日本の場合、一度別居をしますと、離婚に至る夫婦が多いと言われています。
2005 03/08 20:57:46 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚当初と、結婚1年、2年、5年、10年、15年とそれそれの段階で、夫も妻も変わると思って間違いがないのですが、その変わったことをなかなか認めようとしないこともあるようです。

「夫は結婚当初はそうでなかったのに変わってしまった」、「妻は、なにもかもが変わってしまった」というようなことを言われる方々もおられます。

一般的に言えば、結婚当時は、夫も妻も若いと言ってよいでしょう。
しかし、まず顕著に見られるのは、結婚も数年経てきますと、夫も妻も年齢を重ねるわけですから、若いと言いましても、多少ふけてくるはずです。身体は目に見えて変わっていきます。
残念ですが、人間であれば、必ず年をとっていきます。

それから、妻(女性)の場合には、子を産みますと、1人目、あるいは2人目で、身体的に目立つほど変わる方もおられます。

そうでなくても、妻(女性)は、子を産めば、何らかの変化があるでしょう。それだけ子を産むということは、女性に大きな負担をかけることになるようです。

また、妻も夫も仕事をしていれば、それによって変化する場合もあります。

多くの人間が「自分は変わらない」と言いますが、身体的にも精神的にも、またその他においても、日々何らかの変化をしていることは間違いがありません。

もし、変わらないのであれば、人間的にも社会的にも成長していないということになりましょう。

結婚をし、夫と妻となっても、お互いに変化をしていく、ということを認めていった方が良いのではないかと思います。

成長するということは、極端な例になりますが、昨日と今日とでは全くの別人になることだってあると考えられます。

少なくとも、夫も妻も年を経るにつれ、年をとっていく(老いていく)ことは間違いがありません。

身体的な変化があれば、精神的にも変化があるかもしれません。その時期その時期で、それぞれの変化を受け止め、相手をいたわるようなことがあっても良いのではないかと思います。

しかし、それぞれの変化が受け入れることができない場合も出てきましょう。
どうしても受け入れなくなれば、それは合わないということになったということでしょうから、一緒にいることでお互いに不幸な気持ちになる場合には、変わった相手を憎むことなく、”お互いにご苦労様”という気持ちで別れればよいと思います。
2005 03/07 23:05:31 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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日本の離婚は、協議離婚(お互いの話し合い)90%、調停離婚9%、裁判離婚1%、と言われております。

離婚の裁判を起こすには、家庭裁判所の調停を先に利用していることが前提となっています。
この点から考えれば、家裁の調停は意味がありましょう。

協議(お互いの話し合い)でどうしても離婚できない場合には、もちろん双方の両親や兄弟姉妹を交えて話し合っても良いのですが、夫婦同士で決まらないものが、お互いの身内を加えて話し合っても、もっと上手く行かなくなることが多いようですので、そうなりましたら、次の策を考えなければなりません。

協議の段階でお互いに弁護士をつけて交渉をしても良いのですが、離婚の場合には、これもなかなか効果があるとは言えないようです。また、弁護士費用もかかりますので、すべての方にお勧めできる方法ではありません。

よく公正な第三者に間に入ってもらいたいと相談を受けますが、公正な第三者となれば、現在の日本制度では、家庭裁判所の調停ということになりましょう。
但し、気をつけていただきたいのは、家裁の調停は裁判とは異なりますので、あくまでも当人同士の判断で、離婚の条件を踏まえて離婚をするのかどうかを判断することになります。

というわけで、家裁の調停で必ず離婚が成立するというものではありません。

このような情報をどこかで耳に入れてくる方々が多くなってきていますが、協議でどうしても離婚できない場合には、どこかの時点で家裁に離婚の調停を申し立ててみると良いでしょう。

家裁の調停で不調になり、離婚が成立しなかったとしても、次に必ず裁判をしなくてはならないというものではなく、家裁の調停が不調になった後、協議で離婚が出来たということも出てくるようです。

それは何故かといいますと、家裁の調停は裁判ではないといましても、やはり裁判所で行われるわけですし、お互いに疲れてしまうということもあるようです。

そうでなければ、日本の裁判離婚ももっと増えているはずです。

家裁の調停に大きな期待をしてはいけないとは思いますが、ある意味で大きなチャンスでもあります。

ただ、少ない例とはなりますが、離婚理由や相手の暴力等により初めから裁判を前提として家裁の調停を利用される方もおられますので、ご注意ください。

少なくとも、もう協議では離婚の話ができないとご自分が思われたときは、一度は家裁の調停を利用されてみると良いと思います。

家裁の調停は、2000円程度で利用できます。
2005 03/06 21:27:05 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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離婚をするとなると、妻は夫に慰謝料を支払ってもらえると思う方が結構おられます。
また、夫も、妻に慰謝料を支払わなくてはならないと考えてしまう人もままいます。

離婚の慰謝料は、原則的には、離婚責任がある方が他方へ、また離婚責任が重い方が他方へ支払うというものと解されることが多いようです。

ですから、価値観の相違や性格の不一致という離婚理由で他に何も無いのであれば、夫も妻も原則的には相手に慰謝料を支払わなくても良いということになります。
また、このような理由の離婚では、妻または夫が慰謝料を請求してきても、支払う必要はないということになります。

但し、単に価値観の相違や性格の不一致という場合でありましても、婚姻年数がある程度長く、妻が専業主婦(パートアルバイトも含む)ような場合は、離婚後の短期間の生活保障として多少no
慰謝料を支払うことがあってもよいと思います。
しかし、慰謝料はあくまでも責任がある方が他方へ支払う精神手金な損害賠償を意味しますので、例えば離婚解決金とか離婚和解金というような名目支払っても良いでしょう。

また、単に価値観の相違や性格の不一致という場合、一方が他方に余りにも早急に離婚の成立をせがむのであれば、離婚に応じる代わりに離婚解決金や離婚和解金というような名目で、金銭を支払うことはあり得ましょう。

いずれにしましても、一般的な勤め人の場合には、慰謝料を支払ってもらえる場合には、多少低くても良いですから、一括で支払ってもらった方が安全だとは言えましょう。
2005 03/05 22:38:27 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚をし、夫婦となり、そして夫の親と妻の親との関係もそれぞれ起こってきます。

今もかもしれませんが、昔は、嫁と姑・舅問題がよく話題に上っていました。

20代、30代のご夫婦を見ていますと、嫁と姑・舅の問題ということだけではなく、夫と妻の両親、妻と夫の両親の問題が結婚多く見受けられます。

もちろん40代のご夫婦にも見られるのですが、若い世代の20代、30代のご夫婦に多く生じているようでうす。

夫も両親も、妻の両親も、それぞれが結婚をした子の心配をしているのか、頻繁に訪れたり、頻繁に電話やその他の手段で連絡を取ろうとしたりする親が結構いるようです。

子は両親の気遣いに安心をしたり頼ったりするようになってしまうようになるようです。

もちろん、その様なご夫婦ばかりではなく、親にあまり口出しをさせないご夫婦も結構存在していますが、他方で自分の両親に頼ってしまうご夫婦あるいは配偶者がまま見られます。

自分の親は大切なことは間違いありません。大事にしていくことも必要でしょう。

しかし、だからといって、自分の配偶者をわきにおき、自分の親を大切にするとしたら、非常に問題であろうと想像できます。

親は子よりも先に老いて行きます。その様な観点から親を心配し大事にするのであれば問題はありませんが、配偶者よりもいつも自分の親を優先して大切にしていましたら、そのご夫婦は仲が良くなくなるのは避けられないでしょう。

それぞれの配偶者の親との付き合いは、特別に考える必要は無く、一般的な人間関係の問題であると考えた方が無難で、気が楽でしょう。

自分の配偶者の親と自分が愛称が良くないのであれば、無理をして会わなくても良いと思います。このような場合、会えばお互いに嫌な思いをするでしょうから。
2005 03/04 20:52:27 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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昨年(2004年)後半の日経新聞に、主要国の離婚件数が出ていました。

それによりますと、結婚100組当たりの離婚件数(離婚割合)は、

1.英国(イギリス)52.7%
2.米国(アメリカ合衆国)50.6%
3.ドイツ44.3%
4.フランス40.9%
5.デンマーク37.5%
6.韓国35.9%
7.日本33.1%
8.イタリア12.5%

となっております。〔(注)日本・デンマーク・韓国は2000年、英国・ドイツ・イタリア・フランスは1999年、米国は1998年〕

これを見て以外なのは、英国の離婚率が一番高いということと、儒教信仰があついと言われている韓国が、日本よりも離婚率が高いということです。

日本の離婚率は33.1%ですから、約3組に1組が離婚をするということになります。

日本の離婚割合も3組に1組ですから、対岸の火事ではなくなったと言っても良いでしょう。

結婚をしたら人生の最後まで夫婦として生きていけたら良いのでしょうが、離婚は他人事ではない時代になったということができましょう。

しかしだからといって離婚を怖がっていたのでは、原則として子孫を残せないし、生きる喜びも半減してしまうかもしれません。

結婚をしたくないと思っている人は、結婚をしなくても生きる喜びを味わえるでしょう。

でも、結婚をしたいのに何かを怖がって結婚をしない人の場合には、人生の喜びは半分しか得られないかもしれません。

今生きている時代がどのようなものであっても、大抵の人は幸せに暮らせることを願っているに違いありません。

もし離婚に到った場合には、夫も妻もひどく精神的に損害を受けましょうが、結婚があれば当然離婚も有り得るんだ、ということを素直に認めておくことも大切かと思います。
2005 03/03 18:11:08 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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昨今、配偶者に対する暴力が注目を集めていますが、家庭内で行われる暴力というのが、案外、仕方がないと正当化する人が多いように思えます。

夫が妻に暴力を振るう例が多いのですが、少ないけれども妻が夫に罵声を浴びせ侮辱したり暴力をするったりする場合もあります。このことは余り注目されませんが、気をつけていただきたいところです。

特に暴力を振るう夫の場合、妻を蔑(さげす)み、侮辱をしたり、虐待したりすることが多いようです。

多くの場合、暴力、虐待、侮辱はセットになっていると考えても間違いがないでしょう。

暴力を振るう人は、「あいつが悪いから」、「あいつが何も出来ないから」と言うように、配偶者に責任があると主張しがちです。

しかし、もし自分の配偶者に落ち度があったとしても、暴力を振るってよいのかどうか、大変問題です。

例えば、家族や身内以外の人、例えば、会社の人やその他の人に暴力を振るいましたら、大変なことになるでしょう。
暴力を振るわれた人が警察に被害届けや告訴をすれば、犯罪者になるかもしれません。

そのような重大なことを、家庭内ではいとも間単に行ってしまうところが、非常に怖いところです。

また、月に1〜2回程度、頬を殴られているとした場合、殴った方は「月に1〜2回程度しかしていない」といい、殴られた方は「月に1〜2回も殴られている」となることが多いようです。

さらに、殴った方は「力を入れて殴っていない」とか「あの程度は暴力にはならない」とか言いますが、殴られた方は「頬が赤くなるほど強い力で殴られた」とか「恐怖で気を失いそうになった」とかいう場合もあります。

暴力、虐待、侮辱というものは、すべてその相手の肉体と精神を痛めつけるものですが、他の人がこの程度と言うことがあっても、受けた人がどのように感じるのかは受けた人しか分かりませんので、受けた人にとりましては、ものすごい暴力、虐待、侮辱を受けたと感じることもあります。

暴力、虐待、侮辱といいますとある程度は法律的な問題も絡んできますが、その前に、社会生活で許されないことがどうして家庭内で許されるのか、そうではないでしょう、ということに気が付いてもらいたいと思ってしまいます。

人がどのように痛みを感じるかは、それぞれの人のより異なります。

だからこそ自分の痛みを感じることが出来、そして他人の痛みも感じることが出来るように修行を積んでいくしかないでしょう。

DV法が出来たからといって、配偶者に対する暴力がなくなったわけでありません。

暴力を振るわれ続けている配偶者がいるのであれば、その解決策は一つしかありません。それは、暴力を振るう配偶者から離れ、二度と会わないようにすることです。
2005 03/02 17:17:30 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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離婚の際、結婚をしてから夫婦が協力をしてなした財産は、その名義がどちらであれ、原則として財産分与の対象になります。

但し、結婚前からの預貯金や嫁入り道具、相続財産は、各自固有の財産(特有財産)になりますので、原則として財産分与の対象にはなりません。

最近では、一般的な勤め人(日本人の90%近くの人々)であれば、財産分与は、夫と妻とで半々に分けることが多くなってきています。

なにをどのようにして分けるかは、夫婦の話し合いである程度はは自由に決められます。

話し合いがつかなく、家裁の調停でもまとまらない場合には、裁判で決着をつけることになります。

離婚をする夫婦がプラス財産だけしかないのであれば、それをおおよそ半々に分ければよいでしょう。

もし、住宅ローンのようなマイナスがある場合は、理論どおりに考えれば、夫婦がそのマイナス分を財産分与として分け、それぞれが半分ずつ返済をしていくことになりますが、通常は夫の方が収入が多く、専業主婦や働いていても収入の少ない妻が、マイナス分を負うことは出来ないでしょう。

そのような場合には、夫がその不動産を持ち、そのまま夫が一人で返済をしていくということになることが多いでしょう。

離婚の際の財産分与は、夫婦が結婚期間にに築いた財産を、夫と妻で公平に清算をする、という意味合いが強いものだと言われています。

ですから、離婚責任があろうが無かろうが、財産分与は正当に主張できると言うことになります。
離婚責任があるほうは、他方に慰謝料を支払えばよいわけです。

また、ある程度の収入があったとしても、工夫や節約等をしていませんと、分けるべき財産があまりないということにもなりますので、注意されてください。
2005 03/01 18:39:44 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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日本の場合、現状では、子が小さいうちは離婚後、妻(母)が子を引き取り育てることが多いようです。

離婚は様々な理由で行われるわけですが、夫婦の両方ともに法的に責任がないと思われる性格の不一致や価値観の相違で別れるような場合と、夫婦のどちらかが不貞のような法的に重い離婚責任で別れるような場合とがあります。

価値観の相違や性格の不一致でも離婚をするときはお互いに苦しむわけですが、子との面接を約束したとしても、離婚後会わせてもらえなくなることもあるようです。

それに対し、ひどい暴力を振るうという場合を除き、例えば夫が不貞をして離婚に到ったという場合で妻が夫を憎んでいるのにもかかわらず、離婚後約束どおり何年にもわたり、子と別れた夫との面接交渉を継続しているということもあります。

離婚後の子との面接交渉の問題は、多くは子を引き取り育てている親の考え次第だと言うことが出来ましょう。

※ここでは、子の希望や子の気持ちを除いて述べていますことに注意をされて下さい。
2005 02/28 18:45:11 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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夫婦の問題でとりわけ厄介なのが、配偶者の一方にサディズム的傾向やマゾヒズム的な傾向がある場合です。

サディズム、あるいはサディストと聞くと、一般的には、その該当人物がいかにも暴力的で怖い人間であると考えることが多いようです。

実は、サディズム的な傾向のある人は、一般の社会の中で生活しているときは、出来るだけその様な傾向を隠そうとしますので、意外と優しい人とかおとなしい人とか、いわれる場合の方が多いようです。

現在の一般的に受け入れられている社会生活を考えていただければ分かると思いますが、もしサディスト的な傾向があると思われてしまえば、職を失うであろうし、生活が出来なくなってしまいますので、出来るだけ本性は隠すということになります。

しかし、社会一般からよく見えない場所、例えば家庭内とかある種のサークルとかということになれば、そのような傾向を出したとしてもなかなか分からないということになります。

一般的にDVと言われているものの中には、サディスト的な傾向のあるものが配偶者や子に対し、サディスト的な傾向をあらわにしていると思われるものもあります。

ただ気をつけていただきたいのは、暴力を振るうからサディスト的な傾向にあるとは言えないことです。

サディスト的な傾向のある人は、相手を支配しようとします。しかし、理由は別の理由をつけることが多いものです。
例えば、お前がしっかりしないからとか、お前はだめな人間だとか、何らかの相手の人間性を否定することも多いようです。

ともかく、サディスト的な傾向のある人は、自分が支配できる人間が必要です。それが妻であろうが子であろうが構いません。
そしてただ単に支配するということだけではなく、その様な存在を必要とする点で、単に暴力的な人とは異なります。

サディスト的な配偶者が他方の配偶者を暴力で支配するとは限りません。精神的に支配しようとすることの方がどちらかと言えば多いような気がします。

もちろん、サディズムやマゾヒズムは性的な関係に現れるようですが、そればかりではないので注意が必要です。

サディズム的な傾向のある人は、支配する人間が必要なのですが、それはその様な人間がいないと自分が生きていけないからだと言われています。つまり、支配する人間に依存をしていると言うことになります。決して、独立した人格を持つ強い存在の人間ではありません。

もっとも、夫がサディズム的な傾向のある人間であり、妻はマゾヒズム的な傾向のある人間であれば、それはそれで上手くいく可能性があります。

しかし、どちらかだけにサディズム的な傾向やマゾヒズム的な傾向がある場合には、ある意味で正常な方の配偶者は、大変苦しむことになりましょう。

一般の社会生活上におきましては、あの人はサディズム的だとかマゾヒズム的だとかは言うことは出来ません。それは、人権の侵害や名誉毀損になりうるでしょう。

また、もしその様な傾向のある人が病院で診察してもらいましても、サディズムだとかマゾヒズムだとかいう言葉は出てこないでしょう。

もし家庭の中で、自分自身が配偶者からがんじがらめに支配されていると感じ、自分は支配されるのが嫌だと思うときは、その配偶者から離れてしまった方が良い場合もあると考えられます。

このような判断は誰もしてくれません。ご自分で判断をされるしかないでしょう。

私が相談を受ける中で、相談者の配偶者がサディズム的な傾向やマゾヒズム的な傾向があると思ったときでも、その様な言葉を使わずに、別の言葉で相談者にお答えしています。

人を信じることは非常に大切です。特に配偶者を信じることはこの上もなく大切でしょう。

しかし、どうしてもおかしい、苦しい、動けない、人格を否定されるというようなことが長年続くのであれば、尋常でないと思っても良いかもしれません。
2005 02/27 17:07:42 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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個々人には、風邪を引いたりおなかをこわしたり、怪我をしたり、精神的に悩んだり精神的に病んだりすることがあります。

風邪で熱が出ても、歯が痛くても、そのときはそれらばかりではなく精神的にも元気がなくなります。

家庭においても、夫婦関係においても、子との関係においても、風邪にたとえられるものや怪我にたとえられるものが生じることがありましょう。

家庭や夫婦関係等にそのような症状が出ましたら、出来るだけ早く治療をしたり、その原因を取り去るようにするかしなければならないでしょう。

我慢をするのも良いけれど、風邪でもこじらせればひどくなるのと同様に、家庭や夫婦関係の病の症状が出ましたら、出来るだけ早く直すようにした方が良いと思います。

どの個々人も、100%健康というわけにはいかないでしょうが、健康だと思える程度であれば、より良いと考えられます。

家庭や夫婦関係における健康や不健康は、その症状が一般的な病気のように解明されていなく、その様な専門書もありませんので、家庭や夫婦関係等が”健康”かそれとも”不健康”かという単純なものでよいですから、気が付くようにしておくと、案外役に立つかもしれません。
2005 02/26 21:11:14 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚をして数ヶ月も経たないうちから、そして結婚をして数年あるいは何年も経ってから、家庭が面白くないと感じることが出てくる場合もあります。

そのような場合の原因というものはいくつか重なり合い、面白くないというような症状が出てくるようです。

なにが原因かを探してみるのも良いでしょうが、配偶者に期待しすぎていないか、子がいれば、子に期待しすぎていないかを確かめてみると良いと思います。

家庭の中にも様々なことが起こりますが、やはり家庭は平穏に暮らせるようにしておく方が賢明でしょう。

家庭は様々な意味で毎日の疲労を癒すところです。

”平穏”という言葉を好まない人が多いのかもしれませんが、平穏な家庭は最高の癒しだと思います。
2005 02/25 22:47:32 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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夫婦は、何でも分かり合える間柄である、という幻想があります。

毎日顔を合わせるのが普通でしょうから、どうしても基本的な言葉が少なくなるようです。

100%ではありませんが、70%〜80%近くまでは、人間関係において、相手を誉めたり、相手にありがとうというと、案外人間関係がスムースに運ぶようになります。

夫婦の間であっても、些細なことでもよいですから配偶者を誉めたり、配偶者にちょっとしたことでも”ありがとう”とさりげなく言ったりすれば、お互いに幸福感を味わえる可能性が高くなるような気がします。

”誉める”ことの大切さを理解し、そして「ありがとう」と言うささやかな感謝の気持ちを配偶者に与えてみてはいかがでしょうか。
2005 02/24 20:34:24 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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最近は、”個性を伸ばす”ことが、教育界を初めその他の多くの方面で叫ばれているようです。

個性は何かというと非常に厄介ですが、学校であろうが職場であろうが社会のどの場所であろうが、一人一人の顔の形や身体の特徴が違うことはすぐわかりますね。
つまりその人であることが、すぐに分かるということです。

これが個性の基本ではないのでしょうか。

特に個性を伸ばせと言わなくても、一人一人がそれぞれの顔を含む身体を持ち合わせているのですから、個性は誰にでもあると思うのですが・・・・

もし、今よく言われている個性と言うのが、何か新しい仕事の内容ややり方を生み出すとか、自然科学の分野でなにか先端的な仕事をするということであれば、それは個性と言うよりも、その個人個人の能力等をさすのではないのでしょうか。

個性的ということが他の人と違っていることであるとすれば、一目見れば個性はあることが分かります。

しかし、顔を含めた身体的な部分を見ないで個性と言うことを言っているのであれば、それは大変危険なことではないかと思います。

もし、身体的な部分を見ないであの人はとても個性的だというのであれば、すべてとは言いませんが、多くの場合、変わった人、困った人、社会に溶け込まない人等を意味する可能性のほうが高いのかもしれません。

余りにも個性的であれば、何らかの病院に入れられてしまうか、刑務所に行ってしまうかも知れません。

自分の配偶者や子を含めた家族が、それぞれがそれなりに自分らしく生きていくことができれば、それはそれで幸せなことではないかと思います。

配偶者が余りにも”個性的”であると、手におえなく、家庭崩壊につながるかもしれません。
2005 02/23 16:36:46 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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他人(ひと)の痛みがある程度わかるようになると、人間関係といいますか、人付き合いが変わってくるようになるようです。

この世で何が一番難しいかと言いますと、それは人間関係でしょう。

他人との関係も当然ですが、自分自身との関係も人間関係に入るでしょう。

「人の幸せに貢献しないさい」とか「人のためになりなさい」とはよく言われますが、そうであれば、まずは”自分自身が幸せになること”、”自分自身が心豊かになる”ことが先に必要だと考えられます。

自分自身が幸せでない人や自分自身が心豊かでない人が、どうして他人を幸せにすることや、心豊かにすることができましょうか。

他人の痛みが分かるということは、その前に自分自身の痛みが分かるということだと思います。

様々な人間関係の形態がありますが、まずは自分自身といかに付き合っていくかにかかっているような気がします。

一概には言えませんが、ある人と無理して会わないことも、その人自身やそのある人の幸せになることもありましょう。

痛みが分かるということは、必ずしも苦しい努力をして身につくということではないようです。

自分自身を本当に大切にすることで、他の人の痛みも分かってくるのかもしれません。
2005 02/21 20:24:08 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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離婚ということになりますと、離婚理由が何であろうと、また離婚責任がどちらにあるないにかかわらず、夫婦の両方とも、想像以上につらい思いをし、神経をすり減らし、別れていくことが多いようです。

結婚をするときは明るい未来を期待していることでしょう。

しかし、離婚の場合には、夫婦2人の間には共通の未来は無いわけです。

生があれば死もある、出会いもあれば別れもある、結婚もあれば離婚もある、ということは素直に認めた方が良いのかもしれません。

たとえ離婚に到ったとしても、結婚が出来た、ということは素晴らしいことではないのでしょうか。
でも、結婚をして合わないということに気付くこともありますね。
それはそれで素直に認めて、お互いの明るく幸せな人生のために、別れることがあっても不思議ではないでしょう。

それでも自分が離婚という羽目に陥りたくない人は、次のようにすれば離婚を回避できます。

それは、”結婚をしないこと”です。
2005 02/19 10:12:46 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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夫婦はこの世の人間の結び付の中で、一番深い関係にあることは間違いがありません。

親子の関係は、ある意味で自然発生的と言えるでしょうが、夫婦は人工的です。

夫婦は一番不深い結び付きの関係であるかもしれませんが、いくらでも解消できます。

人間は特に大人になり、社会に出てからはそうだと思いますが、様々な役を演じていくことになります。

結婚をすれば夫と妻、子が出来れば父と母、というように、家庭の中でも役割が増えていきます。

家庭をつくっても、夫と妻は、別の人間、つまり他人であることには変わりがありません。

自分自身を大切にするのは言うまでも無く、少なくとも自分自身と同じくらいは、他人である配偶者も他人として大切にしたいものです。
2005 02/17 22:07:43 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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自分の配偶者が不貞をしたとすれば、理論的には不貞相手の人間にも慰謝料を請求できることになります。

不貞は、不貞をした2人の共同不法行為となります。
ですから、その共同不法行為に対して慰謝料を請求できるというのが原則ですから、その不貞をした2人に対して慰謝料を請求できることになります。

不貞をした一方からそれ相当の慰謝料を支払ってもらえるのであれば、他方からは慰謝料は支払ってもらえないことが多いのが、法的な考え方のようです。

しかし、お互いの話し合いであれば、ある程度は金額は自由に決められることになります。

不貞相手に慰謝料を請求した場合、請求した相手側の何らかの事情で、金額の多寡は別として、慰謝料の請求に応じることもあります。

しかし、請求されても支払うことに同意するケースは、どちらかといえば少ないようです。

支払わない場合には、可能であれば家裁の調停を利用して請求したり、原則的には裁判で請求したりすることになります。

但し、気をつけなければならないのは、不貞相手に慰謝料を請求しても、不貞相手に責任を問うことが出来なく、慰謝料を支払う必要の無い場合もあることです。

また、調停や裁判ではない場合、むやみに不貞相手に慰謝料を請求するのはやめて、慎重にした方が良い場合が結構多いものです。
2005 02/15 22:38:46 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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結婚をして、苦しいことばかりが続くとすれば、それは「その結婚は間違っているよ」というサインなのかもしれません。

自分は幸せだな、とどんな状況におかれても思える人間であれば、いつでも幸せになれるでしょう。

しかしだからといって苦しみや嫌なことが夫婦の間で継続がするのであれば、おそれくそれは、その結婚はお互いのためにならないよ、どんなに努力をしても夫婦の和合が得られないよ、ということを教えてくれているのだと思います。

であれば、その様な結婚に当てはまるときは、その結婚そのままではその夫婦の不幸になるかもしれないけれど、結婚を解消すればお互いに幸せになれるよ、ということだってあり得るわけです。

苦しみが生まれてきたら、何かが間違っているかもしれないサインだと思ってみても良い場合もありますよ、と考えてみても良いのではないのでしょうか。

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2005 02/14 19:56:40 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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人を好きになるというのは、人間の自然の営みかもしれません。

愛が生まれ、愛が育ち、愛を育て、そして人を慈しむ心が身についていくのであろうと想像できます。

愛されることはとても気分の良いものです。人生の最大の喜びと言ってもよいでしょう。
しかし、それは受身の愛です。

他の人から愛される人間は、とても魅力があることでしょう。
しかし誰からといっても、100%の人間から愛されるということは無いですね。


では積極的な愛とはどのようなものでしょうか。

それは人を常に愛する、愛することに重きをおくことではないのでしょうか。
愛される前に愛する、とはよく言われますが、全くその通りで、愛ということではなく、愛するという積極的な行動が大切のようです。

熱い恋愛時代の燃え上がるような愛も愛の一種でしょうが、余りにも熱いものは火傷をしてしまいますので、積極的で行動的な温かみのある愛するということが、火を絶やさないもののように思われます。

恋愛と結婚は別とよく言いますが、このようなところにも違いがあるのかもしれません。

愛するという行動は、程度や内容の差はあるでしょうが、恋愛にしても、結婚にしても、他の人との人間関係にしても、共通して求められているのかもしれません。

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2005 02/13 16:53:09 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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自然法則の中に、作用反作用の法則、というものがあります。

この法則は、人間関係においても当てはまるのではないのでしょうか。

相手をいじめれば、相手はこちらをうらんだり抵抗したりするでしょう。

相手の悪口を言えば、相手はこちらをよく思わないか避けるでしょう。

相手に何かを与えれば必ず何かが帰ってくるのであれば、良いものを与えてみた方が良いでしょう。

相手の良いところだけを見てあげれば、相手から感謝や喜びの念が返ってくれるかもしれません。

しかし、相手に何かを与えたからといって、絶対に同等のことが帰ってくることを期待しない方が良いようです。

それにも負けず、相手の良いところを誉めてみましょう。

その様に良いものを与えたと思われても、相手が何の反応も示さない場合や悪い反応をしてくるのであれば、その相手と自分は合わないだけだと思うと良いでしょう。

合わないと思ったら、その人と出来るだけ顔を合わせない工夫をされると良いでしょう。
2005 02/12 19:19:26 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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不貞とは、配偶者以外の異性と継続的に肉体関係を結ぶこと、と言われています。

不貞をする人はどんな人たちなのでしょう。

体質的に異性の肉体を求めやすい人、ちょっと遊びた人、欲求不満な人、家で配偶者に相手にされない人、他様々です。

このような中で、家で配偶者に相手にされない人、性関係を拒まれ続けられる、常に馬鹿にされている、口うるさくされるというような人たちに場合は、不貞に追いやれれているとでも思える場合があります。

気の毒ですね。

しかし、その様な人の不貞が分かってしまいますと、不貞不貞と大騒ぎをする原因を作った配偶者が結構多いものです。

不貞が良いということは絶対にありません。

しかし、少なくとも、他方の配偶者を無理やり不貞に追い立てるような結婚生活をしている配偶者にも問題がありましょう。
2005 02/11 17:43:16 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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お店や会社などに行って、笑顔で応対されると、大変気分が良くなります。

しかし、いらっしゃいませと言いながら、お客をにらみつけるような目で応対したり、うるさそうに応対される場合もあります。こんなときは、二度とこの店にくるものかと思ってしまいます。

さわやかな笑顔、といいますか何気ない笑顔というのは、他人(人)を和ませる効果があるようです。

一瞬でも笑顔で応対されますと、ほっとした気分になります。
いかに、さわやかな笑顔で応対してくれるところが少ないかが実感できます。


男性の笑顔も魅力がありますが、日本人の男性は、どちらかといえば笑顔を見せず顔が硬く、人と応対するような仕事についていると思えないような態度を取る人も結構います。

笑顔というのは、自分が幸せでないと出てきません。面白くないと思っていますと笑顔は出てきません。

逆に笑顔を先に出来るようになりますと、きっと自分自身の心が和んでくるでしょう。
自分が楽しいと思ってしまえば、笑顔が自然と出てくるでしょう。
自分は幸せだなと思ってしまえば、幸せな笑顔が生じてくるでしょう。

サービス業も含めた日本の会社の人たちのお客様に接する訓練は足りませんな。


特に大切なのが、夫と妻の間です。

夫も妻も、さわやかな笑顔でお互いに接していますか?
お互いに何気ない笑顔で接していますか?

爆笑や高笑いや、にやにや笑いではないですよ。

もしお互いに口数は少ないにしても、お互いに笑顔で接すれば、夫婦の仲はかなり変わって来ると思いますよ。

先に笑顔です。
2005 02/10 20:34:15 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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夫婦となれば、夫あるいは妻に対し、何でも言える仲になれる、または何でも言える仲になりたい、と言われる方たちが案外多いものです。

さらに、ウソは言わない、隠し事は何もしない、それが本当の夫婦だとおっしゃる方もおられます。

確かにそうあれば、自分は気が晴れるかもしれません。

夫婦といいますのは、この世の中で一番深い関係と言って良いでしょう。

しかし、夫と妻はもともとは他人です。結婚をして夫婦となっていますが、嫌であれば、その夫婦を解消することも出来ます。
でも、なんとも味わいの深い関係であることは間違いがありません。

一歩間違えば、すさまじい関係になることも出来るのも夫婦です。

人間の心の中は、すべて言葉に出して言えるものだけではありません。言葉では言えない大切な思いもあるものです。

夫婦となって一緒に生活をしているわけですから、何も言わない、何も知らなくても良い、というわけにはいかないことは事実です。

しかし、何でも言ってもよいということになりますと、相手の心の中で大切にしているものを壊すことになったり、自分自身の心の中で大切に育んできているものを壊される、ということも出てくる場合もあるようです。

また、隠し事も、不貞や遊びのための借金ならともかく、たとえ配偶者に対してでも、口に出さない方が良いことを、隠し事をしていると言われましたら、やはり言われた人間を傷つけてしまうことでしょう。

”言いたいことが何でも言い合える夫婦”いいますと、とても理想的で仲がよく、上手く言っている夫婦と思われがちですが、現実は、すべてではありませんが、何でも言い合える夫婦を目指してきたご夫婦が、とても仲が悪くなり、結局離婚する羽目になった、という例も少なくありません。

完璧な人間はいません。長所があれば短所がある、できることもあればできないこともある、得意なことがあれば不得意なこともある、というのが一人一人の人間です。

ですから、相手に大きな期待を抱いたりしますと、そうなるはずがほとんどありませんので、大きな失望を味わうことになるかもしれません。

不貞やひどい暴力、お金遣いの荒さや借金癖、何らかの犯罪を犯す、というようなことが無い限り、夫あるいは妻を、そのままの人間のまま受け入れることが、非常に重要なのではないかと思います。

何でも言い合える夫婦も理想としては悪くはありませんが、お互いに思いやりの言葉を掛けられる夫婦になった方が良いような気がします。


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2005 02/09 14:48:01 | 離婚 夫婦問題 | Comment(0)
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