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結婚をして幾年かが経ちますと、付き合っていた時代や恋愛時代のような恋焦がれるような躍る思いはおさまり、夫と妻はお互いにその存在すら忘れてしまうような感覚におそわれているように感じるのかもしれません。
もしそうであれば、夫婦としてはうまくいっている方なのかもしれません。
普段の生活で、夫あるいは妻の存在が余りにも大きく思えるのは、何か重大なことが起こっているのからかもしれません。
”空気のような存在”といいますと、’目立たない’、’いるのかいないのかわからない’、’どうでもよい存在’、’軽い存在’とかを意味し、どちらかと言えばよくない傾向を表しているような気がします。
「空気」は、人間が生きていく上でなくてはならないものです。 地球上の何もかもが、空気があることを前提としているのではないのでしょうか。
少なくとも人間は、空気がなくては生きていけません。
それほど大事なものである空気に、人間はお金を払っているのでしょうか。 タダです。 そんな馬鹿なことが、現にあるのです。 どの人間もみな平等に空気は与えられていると考えてよいでしょう。
人間が人間の世界の中で生活していくには、交換手段であるお金がないと生きていけません。
しかし、お金があっても、空気がなければ生きていけません。 水も、空気があるから存在しているのかもしれません。
これほど大事で、なくてはならないものが、無料で手に入るなどどは信じられません。
このような意味で、夫と妻が、お互いにお互いを「空気のような存在」と思い合っているのであれば、その夫婦は、大変良い関係を築いている夫婦と言えるのではと思います。
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