あまり知られていない長野県の南信州、木曽南部のご紹介をします。
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昨日村を捨てたことに罪悪感を感じると書きましたがそう感じるのは私ばかりではないと思います。

私が懐かしい村を離れたのは、貧困から脱却したかったからです。

母島の港が無人になったのはアメリカに占領されたため、我が村が寂れたのは木材の輸入自由化も影響している。屋久島も同様、南信州の多くの村々も同様であると思います。

最近では東日本大震災で津波で家をなくした人たち、しかしこのうち原発事故の影響を受けた人々はかなり長期に戻れないと思いますすが。

過疎化、廃村は様々な要因に左右されて起こるのですが、個人的要因よりは、政治的、経済的要因の方が影響は大きいのではないかと思います。

それでどうすれば良いかですが、私のような退職後の人生を故郷のために使うと言った場合は故郷を離れて40年、その間ずっと故郷で暮らしていた人々とは、ものの見方も考え方も違ってきており、どちらかに同化するのはとても難しいように思います。一般的には村に帰って来た人たちが新参者同様古参者に合わせて立ち振る舞いをするしかないと思いますが、体力的面では難しいなんて言うものではなく、不可能に近いと言ったほうが多いと思います。

こう言った場合は世代が代わるのを待つしかないのではないかと思います。

一番好ましいのは、その地の産物が市場価値を持って売れるようにすること です。

こうなれば多くの人々が入って来るでしょうし、かってこの村に住んでいた人々も新参者よりは条件は良いわけですから戻ってくる可能性は高くなると思います。

次は国策によって移動を余儀なくされた人々のことですがこれは次回考えたいと思います。

2011 12/30 11:05:46 | none | Comment(0)
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