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最近よく想う言葉がある。
「権利は責任に付随する」
どこで知ったのか、誰の言葉か、まったく覚えてないけどいつの間にか自分の中に根付こうとしている。 「基準」という言葉は好きではないが何時の間にか基づいて動く自分がいて腹が立つ。
あえて開き直る、俺は弱い人間です、、
俺の価値観ではある規則やある基準、たとえば法律や一般モラル、他者の価値観等に依存、またはそれを信仰し、そこに行動基準を求めるのは「寄らば大樹」染みたもので、怠慢、放棄、妥協といった言葉を連想させる行為。
それは弱者の生き方
人間の行動基準を一文で表す、、無理でしょう!?
でもそういった「枠」がなければ不安になる、そのつど迷う、定まらない、昨日の自分と今日の自分が同じ人間であることの確信が揺れる、、
アイデンティティーとは非常に不安定なもの、常に保つには多少の違和感があろうと「枠」をつけるのがお手軽だ 自分の「枠」の認識、正直こたえる。
それでも必要だ、捨てられない、明日目を覚まし一日を送るには、今生きるためには、
すべての「枠」をはずした人間はもう「人間」とは呼べない存在かもしれない。しかし憧れる、しかしそれは出来ない。 葛藤の放置、矛盾への妥協、これが弱さ以外のなんであろうか?
増設しながら解体する、この下らなくも滑稽な姿をあてに、酒でも飲もうかな、、。
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