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昨日の自分と今日の自分が同じなのだとしたら、一年後の自分も今日の自分と同じはずなんだ、 でもそんなことは無い、だろ? だから昨日の自分と今日の自分、もちろん明日の自分も違う自分なんだ、
まったく違うとは言わない、 類似点は多いが確かに違うもの、
だから今日美しかった物は明日醜くいかもしれない、 だから今日いい香りがした物は明日臭いかもしれない、 だから今日美味しかった物は明日不味いかもしれない、 だから今日心地よかった音楽は明日不快かもしれない、 だから今日柔らかかった物は明日硬いかもしれない、
対象に変化が無くても、今日と明日では違うものなんだ、
自分に純粋な人は、他人からは気まぐれだと思われているはず、 しかしその脈絡の無い気まぐれ、ランダムとも思える感覚や思想の移り変わりこそ人間の本質、 そして社会はその本質を嫌う、
全ての人が本質に従順だったら社会は成り立たない、 昨日意を同じくしていた者達が今日は相反する、そんなことをしていては何一つ作り出せない、 個体としてか弱く集団で生きていかなきゃいけない人間には社会が必要だ、
気づいたかい?
人間は進化の過程を間違えたんだ、 本質に矛盾する手段、形態で生きようとしている、
じゃあどうするかって? 気にするな、大抵の人は気づきもせず人生を終えてゆく、
気づいてしまったなら、 それは大きな苦悩の種だ、捨てられるならその方がいい
そして、、 どうしても捨てられない愛すべき者達へ、 限りない別世界への鍵はその手にある、 悲しい社会の隙間を見つけて探検することを勧める、 ただし入浸りにならないように、この世の中は何処も彼処も社会だ、 戻れなくなったら居場所に困るよ、
僕はまだ鍵を握り締めている、 あるときは詩を通じて、 あるときはギターを片手に、 あるときは思想をもって、 そしてまたあるときは奇怪な行動により探検を続けている、
常に麻痺や妥協の誘惑に脅かされている、 時々社会の規模に、マジョリティーの圧力に屈しそうになる、
でももうだめなんだ、足りないんだ、満たされないんだ、
左のポケットに鍵を隠しつつ、量産品のお面を額に据えながら、 それでも僕は、それでも僕は、、、
Can you go? I can go there.
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