本題に入る前に。
おとといは今年のゼミの初顔合わせだった。
なんとまぁ、
テンションの高い3年生が入ってきて
初日からあのノリはすごいなと思った。
僕も1年の頃はあれぐらいテンションが
高かった気がするけど。
もうおじさんには無理ぽです。
前回の続き。。。
ときは2月後半。
ある電力会社に勤めている
ゼミのOBの方へOB訪問をする。
2006年度になってからの電力業界の
動きを教えてもらったり、
その会社の選考の詳細を教えてもらったり、
神野先生は公務員の人間と民間会社の人間とでは扱いが違うという話を聞いたり、
もうそれはそれは濃い4時間をすごす。
その後もこの方にはエントリーシートの
添削をしてもらったり、
選考について情報をもらったりと
本当にお世話になる。
もしかしたら
この方がいなかったらこの会社の内定は
取れなかったかもしれないと思うほど、
支えになってくださる。
そして。。。
僕の就職活動の中で、最高の方と出会う。
あるガス会社人事のMさん。
会ったのは3月後半。
場所は東京。その人いわくアウェイの地(笑)
イスに座って少し雑談した後、
その方がおっしゃった言葉は
「今は学生側の売り手市場と呼ばれていて、
会社にとっては辛い時期だけど、日本にとっては
いいことだと思いますわ〜」
つい少し前までの就職氷河期に就職した人たちは
なかなか就職先が決まらず、
とりあえず決まった会社に就職したものの
結局は長続きせず辞めてしまうことが
企業の間では問題になっているらしい。
(転職を元々考えていた人、
忍耐力が弱くなってきている
などの要因もあるかもしれないけど)
753問題っていって、
就職後3年以内で辞める人の割合が
中卒7割、高卒5割、大卒3割という事実からそう呼ばれる。
その問題と絡めてMさんはそう言ったのだと思う。
そして、この直後僕の就職活動上で大きな
転機となるシーンがやってくる。
Mさん:「どこどこを志望しているの?」
僕:「○○と△△と□□と……です。」
Mさん:「正直なところ、うちの志望順位は何番目?」
正直僕のこの会社の志望順位は高くなかった。
それでもある程度高いことを伝えた方がいいかなと思い、
僕:「3位です。」
Mさん:「そかそか☆」
最低。。。
後日談だが、この話を親にしたところ激怒した。
失礼だと。
わざわざ忙しい時間の合間をぬって東京まで
会いにきてくれた会社の人に対し、
何で第一志望ということを伝えないのかと。
うそでもいいから、第一志望と言うのが礼儀だと。
親も一時期採用に携わっていたことがあって、
選考を受けるということは、
この会社に行く意志があるから選考を受けに来ているだろうに、
何でその場で第一志望という言葉を使わないのか、と。
東大生ごときがなにをふんぞりかえっているんだ、と。
どこも採ってくれないとまで言われた。
あ、ちなみに就職活動を終えてみて、
これは事実ですよ。
業界によるけど、僕が受けていた業界に限っていえば、
東大枠というものがって、
選考は東大生同士の争いになります。
そこで企業も第一志望でない学生は
もちろん採らないわけで。
うそでもいいから第一志望という言葉を
言わないといけない。
企業はその言葉を100%疑っていても、
学生の心までは見えないわけだから、
その言葉を信じるしか方法はない。
その時点で、学生を切るか切らないかは
企業の自由。
こちらは何の権限もない弱い立場。
だからなおさら第一志望という言葉を
使わないといけないかな。
話は戻って。
その後、
Mさんが学生時代は楽しかった、と聞いてきた。
僕は、
楽ではなかったですが、充実していましたし楽しかったと言えます、と言うと、
Mさんは、そういう人が大好きですわ、と言った。
学生時代に何をやってきたかなんてどうでもよくて、
それを楽しかったと言えるかどうかが重要だと。
仕事は辛いことが多くて、
それでも自分がやっていることに対して
誇りなり充実感をもてないと仕事は長続きしないから、と言われた。
味のある言葉です。
その後も本当に深みのある言葉を
多くおっしゃっていただいて、
最後には土地柄、オチつきで話を締めてくださったりとw
素敵な人でした。
でも、このときの僕は本当に失礼な学生だった。
就職活動中はずっとこのときの自分を後悔していた。
でも、それは選考で取り返せる。
会いたい。
それが就職活動で僕の力の源になったかな。
あの人に会いたい。
だったら、こんなところで落とされるわけにはいかない。
最終もしくは三次ぐらいまでいかないと、会って話をしたいと思った人事の採用担当の人に会うことはできない。
もちろん目の前の面接に全力投球だけど。
全力投球する理由がもちろん内定をとるためであるけど、会いたい人に会うためでもあった。
ガス会社の人、鉄道のひと、電力の人。
その想いを胸に4月に突入していく。
1日3件〜5件の面接が舞い込み、夜は履歴書作成に追われるしゃれにならないほど忙しい日々でした。
この話はまた今度。