あまり知られていない長野県の南信州、木曽南部のご紹介をします。
2011年 07月 08日 の記事 (1件)
かざこしサイト 今まで書いてきましたように、社会福祉は今後厳しくなっていくばかりのようですが、当面の間は自分の老後は自分で考えておきませんとなんともならない可能性があります。
政治ががらりと変わり、経済界の考え方もがらりと変わり、日本は内需依存型の国であるという認識が浸透してそれに見合った政治や、経済活動がなされるようにならないと日本の驚異的発展は望むべきもないと言うことになります。現状認識が誤った前提に基づいて立案する政治や経済では良くなっていくはずがありません。
政権交代まで60余年。しかしそれをひっくり返そうとしている、日米同盟機軸勢力とその政治的代弁者である、民主党管勢力、自民党、公明党がまだまだ多くの国民に支持されているわけですから、あと数十年は国民の認識がひっくり返ると言うことはないと思います。
しかし私たちは確実に年をとっていきますから、待った無しで扶養を受ける年代に達します。その時どうするかを考えておかなければ多大な迷惑を子供たちに負担してもらわざるを得なくなります。
子供がたくさんいれば、当然一人一人の負担は少なくなりますが、現在の少子化が進めば、負担は増加します。
一人っ子の家庭が増えてきますと、その貴重な一人っ子と結婚してくれる伴侶も極めて貴重な存在です。そう言う認識で一人っ子もその親も、結婚してくれる子供の親も漠然とうれしいなどと言っていては、伴侶となる人はたまったものではありません。伴侶が先に無くなれば、老親の財産相続権は全く無くなって、相続権はすべて他の兄弟、兄弟がいなければ老親の兄弟に移ってしまうのですから全力を挙げて伴侶の老親の介護に尽くして良いものか不安を持ちながらの介護ということになります。
実際私の周りでも、二人兄弟で兄夫婦が親の面倒を見ているのですが、兄の嫁さんがちっとも老親の面倒を見てくれないと怒っている人がいて、私が「そりゃあ当然でしょう。もしお兄さんがあんたより先に死んだら、親の遺産は全部あんたの物になってしまうわけだが、兄貴の嫁さんの取り分は考えてあるの?」と聞いたら、嫌あ な顔をしていましたが、大方がそう言う人でしょう。なにしろ法律的にはそれで良いのですから。
女性の場合は男性よりも虐げられてきましたからそう言う権利意識は強く、ただそう言うことを言い出すと、古い昔の家長制度の思想が根強い多の人達から、生意気な女だといわれてしまうので黙っているだけの話しだと思います。
ですから、一人息子が結婚できるという話になったら、もし息子が自分たちより先に交通事故や病死するような場合があった時は、息子の配偶者が最後まで面倒を見てくれたなら財産は他の相続者の法廷遺留分を除いたすべてを嫁に残すという遺言書を公証人役場で作って関係者に公開しておくべきです。
そうすれば少なくとも嫁さんは、相続上の経済的不安は無くて、旦那の親の面倒を倫理観だけでなく看られるというものだと思います。
まわりがそう言うことを言ってもまだ良いまだ良いと言っているうちに亡くなってしまって相続に関して大きなトラブルにはならなかったものの多少のいざこざが発生したのを見たことがあります。
地方の封建的風土が強いところでは、独立した家庭を持っていたのにもかかわらず、旦那が死んだら旦那の親族が乗り込んできて、奥さんには何一つ手を付けさせなかったという話も聞きました。親族とすれば息子の財産は息子の親にも分けてあげなければ、息子の親の老後が心配だという理由であったと思います。なにしろ亡くなった旦那はまだ40歳代のようでしたから、残された奥さんも大変だったことでしょう。
とかく財産相続の問題は、きれいごとだけでは済まされない場合が多いので、生前に文書で意思表示をしておいたほうが残された人々の間にいざこざを発生させなくて良いのではないでしょうか。
鍋釜下げても、信州信濃の新蕎麦よりもわたしゃあなたの傍が良い、と言うような結婚であれば、結婚の相手が亡くなったら、結婚は自動的に解消するので、残された子供の将来をどうするかと言う算段を経て、自由に羽ばたいてけば良いのですが、今時こんな結婚もほとんどみられなくなってきましたし。経済的裏づけをしっかり立てて結婚に臨まないと不幸な目に会う場合もあると思います。皆様はいかがお考えでしょうか?
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