これは書きかけです。。 皆さんは人生の中で、マジで死にかけた経験や記憶はありますか? わたし、数度ほどあるのですよ。 ちょっと、カミングアウトしてみますね。
ここ最近から思い出してみよう 温泉の座湯 数年前のことである。 街中に温泉大浴場付きのホテルが完成した。 日帰り入浴もできるというそこに、いそいそと出かけて行った。露天風呂や大風呂を楽しんだが、いかんせん、湯温がすっこし低い。もう少し温まりたいと思っていたら、大風呂の影の方に座湯を発見した。これはいい、ここで少し長湯をすればぽかぽかになれる。 そう思った私は、座湯へと腰を下ろした。そのとたん、するりと滑り、体は寝湯の状態に。 そうこれは座湯というよりは構造が寝湯に近いながひょろい形。私の体は吸い込まれるようにするりとフィットしてしまった。さて、困った。 右半身不随という体の障害を持った私は左手ですがるものがなければ起き上がることができない。座湯であれば、なんとか肘をついたり体をくねらせれば立ち上がることができる。 しかしここは、ほぼ寝湯の構造で左手で何とかしようにも滑ってどうにもできない。 いや、きっとそのうちにだれかここに来る。そのときに体を支えてもらって起き上がればよい。 しかし・・・誰も来ない、来ない・・・30分もたっただろう、でも来ない。熱くて苦しくなる。 この場所は、通路などからも見えづらく、人々があまり気づかない太い柱の陰にある。 大声で叫んでみる。「誰かいませんかー0あ」2度3度、通路の方から長髪のお兄さんがちらりとこちらを一瞥したが、行ってしまった。 だんだん意識が遠くなる。ああ、俺はたぶん、ここで溺れて死ぬな。そう思い始めたとき、通路に人が見えた。 思いっきりあらぬ限りの大声で「助けてください!!」と叫ぶ。 気づいてくれた。助けてもらった。 それ以来、その温泉には足を近づけていない。あそこは黄泉の国への入口に違いない。
転んで起き上がれない恵山温泉駐車場 これは、直接死にかけたというよりは、
製紙工場でマシンに巻き込まれる 西暦1999年のことなので、38歳の時のことだ。 なぜ、正確に年数を覚えているかというと、西暦2000年問題で、1999年12月31日に全世界で何が起こるかわからないという事件があった時のことだからだ。各種電動機械や電子機器に組み込まれたマイクロコンピューターが誤作動を起こし、世界的な危機に発展するとまことしやかに噂となり、皆がその時間の到来を固唾を呑んで見守ったものだ。 ああ、そうか、そんな世界的な大事件も今年二十歳の若者は知らんのだな。 そういえば同じ年の夏には、ノストラダムスの大予言の期限到来というのもあったよね。 まあいい、今回の話はそういう話ではない。 この年、訳あって、中部地方の田舎にある製紙工場の工場作業員として働き始めた。 仕事の内容は、巨大な製紙マシン(抄紙機)のオペレーターだ。 溶解したパルプを紙の形にして、大きなロール状の塊に仕上げる機械の担当だった。 その死にかけ事件は仕事の初日に起きた。 高速で回転するマシンの内部を見たことがある方はわかるだろうが、紙が出来上がる工程の速度は、時速30kmほど。 つまりその機械の最初から最後までのパーツがその同じ速度で回転している。 オペレーターが初心者だから、そのスピードを緩めるわけにはいかない。なぜなら、スピードを少し緩めただけで紙の性質や品質が大きく変化するからだ。 そしてその最後の工程がマシンのドライヤーから射出される紙をドラム状に巻くために高速回転する巻き取り機なのだが、静電気を利用して、紙を吸いつけるという特性を利用した特殊な機械構造だ。
危険だと言われていたので、注意していたつもりだが、なんと、その吸い寄せ効果に誘われて、俺の腕がすっぽりと回転軸の中に吸い込まれてしまった。後から言われたのだが、「よく、腕がもがれなかったなあ」と・・・。普通だと、肩から指先までの片腕1本を失う恐れがあるほどの事故だったというのだ。また、そういう人も大勢いる仕事なのだと・・・。 中には、体ごと持っていかれて、圧死した例もあるらしい。
幸い、そばにいた師匠が、巻取り側の圧力を抜いて、私は解放された。5mくらい吹っ飛ばされた記憶がある。
だが、師匠はマシンを停止させることはなかった。プロの意地というよりは、抄紙機を緊急停止させるとその後の再起動がとても厄介だからだ。 やばいところに来てしまったなと気づいたのはその時だ。
運良く、私はなぜか無傷だった。打ち身程度の症状で済んだのだ。そしてまだ、生きている。
車で海に落ちた
スズメバチに追いかけられる
5歳の時の竹やぶのスズメバチ
なにをさておき、脳出血
|