思索に耽る苦行の軌跡

――へっ、仮令この《自然》が、若しくはこの宇宙が、その開闢(かいびゃく)の時に戻ってその最初の最初から己自身を創り直したところで、自同律の陥穽からは遁れられない! 





――何? すると自同律は《存在》以前に既に《存在》するといふのか? 馬鹿が――。





――だから《未存在》と言ってゐるのさ。





――例へば《生》は《反=生》を《夢想》し、《死》は《反=死》を《夢想》すると看做せば、《生》と《死》が《存在》する此の世のその《生》と《死》の間(あはひ)にぽっかりと大口を開けた《パスカルの深淵》があるやうに、《反=生》と《反=死》を《夢想》せずにはゐられぬ《未存在》の世界にも此の世の《パスカルの深淵》の如き《深淵》がばっくりと大口を開けてゐると確かお前は言った筈だが、その《深淵》を棲処とする《未存在》はさうすると、既に《未存在》として《存在》、否、《未存在》してゐると? 





――下手なTautology(トートロジー)、つまり、類語反復みたいな無意味な論理立ては止めた方がいいぜ。先にも言ったが、此の世に《死》が《存在》する限り《未存在》は既にあると看做した方が《自然》だぜ。





――《死》が《死》自ら何かへの《夢想》をする故にか? ふっ、《死》こそ闇の中にじっと蹲って《未存在》を《夢想》する……か……。《存在》の何と哀れなことよ! 





――否、《存在》はこれっぽっちも哀れな《もの》である筈がない! 自分可愛さに《存在》する《もの》を憐れむことは《存在》にとって最も愚劣極まりないことで、而もそれは《存在》にとって屈辱以外の何ものでもない。その憐れみは《存在》に対しても《死》に対しても《未存在》に対しても失礼千万この上なしだぜ。ちぇっ、《存在》が《存在》を憐れむこと程気色悪いことはない! 





――だが、その気色悪いのが此の世の在り来たりの様相ではないか? 





――さうさ。だから、《存在》は《存在》に我慢がならず、《自然》は《自然》であることに我慢がならぬのだ。その象徴が《神》ではないかね? 





――《神》はその出自からして呪はれてゐると? 





――違ふかね? 





――さうするとだ、《神》もまた《存在》の塵箱だといふことか――。





――へん。《存在》の塵箱の何処が悪いのかね? 塵箱で結構ではないかね? 《存在》の塵箱とは詰まる所、闇と同義語じゃないかね? 





――闇ね……。しかし、その闇こそ闇であることに最も我慢がならぬのじゃないかね? 





――ふっふっ、その通りだ。闇は闇であることに我慢がならない。だが、さうだからこそ《存在》はやっと《存在》たることに我慢してゐるのじゃないのかね? 「闇にはなりたくない!」とね。





――へっ、己が《皮袋》内部に闇を持ってゐるくせに、「闇にはなりたくない!」とほざくこの《存在》の傲慢さは、果たして、何処にその淵源があるといふのか――? 





――その答えは簡単明瞭さ。《現在》が《存在》する故にさ。





――へっ、独り《存在》のみが周囲を《過去》若しくは《未来》に取り囲まれてぽつねんと《現在》に取り残されてゐると、《存在》は本能的に、或ひは無意識に感じてゐる、若しくはさう思ひ込まざるを得ないからか? 





――なあ、《過去》にも《未来》にもゐられず、絶えず《現在》にゐ続ける外ないこの《存在》の有様は、残酷極まりないと思はないかね? 





――それがこの宇宙の悪意の一つであると? 





――悪意でなくて何とする! 





――しかし、《現在》に取り残された《存在》は《現在》に取り残されてゐるが故に《過去》と《未来》を自在に交換してゐるぜ。《過去》に《未来》を見、《未来》に《過去》を見てゐる。





――ふっふっふっ。其処さ。因果律は《現在》に取り残された《皮袋》といふ《存在》の在り方をする《主体》においては、つまり、《主体》が必然的に隠し持たざるを得ぬ内なる闇の《特異点》では既に因果律が壊れてゐる此の世の有様に目を瞑って、《存在》はその因果律が壊れてゐるにも拘らず尚も時間を一次元的に閉ぢ込めて得意然としては、此の世の何かが少しでも解明出来たと思ひ込みたくて仕様がないくせに、はっ、しかし、《存在》は此の世を一向に直視しようとしない。それは何故だと思ふ? 





――《時間》に怯えてゐるからか……? 





(廿八の篇終はり)





2009 04/13 05:32:26 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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