思索に耽る苦行の軌跡
――本当に煙草が好きなのね、あなたみたいに煙草を美味しさうに吸ふ人、私、初めて見たわ。うふ、筋金入りのNicotine(ニコチン)中毒ね、ふふ。



と既に自身の煙草はとっくに吸ひ終はってゐた雪は私が煙草を喫む毎に生気が漲る様でも敏感に感じたのかほっとしたやうなにこやかな微笑みを浮かべては私を見続けてゐるのであった。私はと言へば照れ笑ひを軽く浮かべて雪に微笑み返すのである。さうさ、二人に会話はゐらなかったのだ。顔の表情だけで二人には十分であった。



君も知っての通り、私にとって必要不可欠なものは煙草と日本酒と水とたっぷりと砂糖が入った甘くて濃い珈琲、そして、本であった。私の当時の生活費は以上が殆どで食費は日本酒と砂糖を除けば本当に僅少であった。Instant(インスタント)食品やJunk food(ジャンクフード)の類は一切口にすることは無く、今もってその味を私は知らない。



ねえ、君。私の嗜好品は全て鎮静か興奮かの刺激物だといふ事がはっきりしてゐるだらう。それは、私の思考が当時、一度思考が始まると止め処無く堂堂巡りを繰り返し《狂気》へ一気に踏み出すのを鎮静するのに煙草は必需品だったのだ。煙草を一服し煙草の煙を吐き出すのと一緒に私は《狂気》へ一気に驀進する思考の堂堂巡りも吐き出すのさ。そして、不図吾に帰ると私の内部に独り残された吾を発見し《正気》を取り戻すのだ。。古に言ふ《魂が憧(あくが)れ出る》状態が私の思考の堂堂巡りだった。私が思考を始めると吾は唯《思考の化け物》と化して心此処に在らずといった状態に陥ってしまふのさ。これも一種の狂気と言へば狂気に違ひないが、この思考が堂堂巡りを始めてしまふ私の悪癖は矯正の仕様がない持って生まれた天稟の《狂気》だったのかもしれない……。



《死》へと近づく哀惜と歓喜が入り混じったこの屈折した感情と共に煙草を喫み、そして、私の頭蓋内で《狂気》のとぐろを巻きその《摩擦熱》で火照った頭の《狂気》の熱を煙草の煙と一緒に吐き出し吾に帰る愚行をせずには、詰まる所、私は《狂気》と《正気》の間の峻険の崖っぷちに築かれたインカ道の如きか細き境に留まる術を知らなかったのだ。何故と言って、私は当時、《狂気》へ投身することは《私》に対する敗北と考へてゐた節があって、それは《狂気》へ行きっぱなしだと苦悩は消えるだらうがね、しかし、それでは全く破壊されずに《狂気》として残った全きの生来の《私》が《私》のまま《狂気》といふ《極楽》で存在することが私には許せなかったのだ。《狂気》と《正気》とに跨り続けることが唯一私に残された《生》の道だったのさ。



…………



…………



其の時の朗らかに私に微笑み続ける薄化粧をした雪の美貌は満月の月光に映え神秘的でしかもとてもとても美しかった……。



(以降に続く)


2007 11/18 04:36:00 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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