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デスクで書き物をしていたらドアをノックする音がしたので、顔を上げた。 「はい、どうぞー」 雨の降る月曜の午前中は、とりわけ利用者が多いのだけれど、珍しく今日はまだ誰も訪れていなかった。 「えいこ先生、ベッド貸してくださーい」 まったく悪びれた様子もなく本日の1人目となったのは、サボりの常連、2年生の藤村直澄だった。 「理由もなく保健室のベッドは貸せませーん」 「貧血でーす」 「貧血の人がそんなに顔色いいわけありませーん」 使用を認めてないのに彼は、入り口からベッドに直行している。 窓際のベッドに潜り込みながら、じゃああの日です、などと返してくるので思いっきり睨んでやったら、すみません嘘です寝不足です、と白状した。 「それより、今日は誰もいないね」 「みんながあなたみたいに頻繁に来てたら、ベッドの数足りないわよ」 「えへへ」 「笑って誤魔化さない」 「しくしく」 「泣いて誤魔化さない」 「ぷ「何であなたが怒るの」 もちろんただの寝不足で保健室に来られるのは迷惑だけれど、接する機会が増えるにつれて情がわくもので、一回り歳の離れた彼のことを親戚の子のように思ったりしている。 「仕方ない、1時間だけよ。帰るときにちゃんと利用者ノートに名前書いてね」 そう言いながら椅子から立ち上がりベッドの側まで行って、隣との仕切りとなるカーテンを引いてやる。 「えいこ先生、ありがとうだいすきおやすみなさい」 あからさまな棒読みに苦笑する。 そして、言おうかどうしようか少し躊躇って結局口を開いた。 「藤村くん、昨日夕方、5丁目の国道沿いのファミマにいたでしょう」 すでにシーツを頭まですっぽりと被っていた彼は、顔を出して答える。 「うん、部活の帰りに寄ったから。でも何で?」 「目立ちたくないなら、その髪の色をどうにかしなさい」 「えー、いい色でしょ」 いい色かどうか微妙ではあるけど、彼の髪の毛は何色とも言い難い変わった茶髪で、私服ならまだしも制服や部活のジャージでいるとかなり目立つのだ。 「私、見ちゃったんだけど、何で置いて行っちゃったの」 昨日はバレンタインデーだった。 彼は女子に人気がある。 部活があったのならその時に、おそらくたくさんチョコレートを貰ったのだろう。 そしてたぶん彼は愛想良くそれを受け取った。 ここまでは推測。 そして、私は昨日夕方、信号待ちの車の中から、ファミリーマートの前で藤村直澄を見かけた。 ちょうどドアから出てくるところで、肩には部活のカバンをかけ手に紙袋を持っていたけれど、ゴミ箱の前を通る時に自然な動作でその紙袋をゴミ箱の上に置いてそのまま自転車に乗って行ってしまった、これが事実。 貰った時点で彼の物になったのだし、置き忘れたふりをして捨てようがどうしようが、どうでもいい。 私が気になるのは、愛想と調子のいい顔の裏に潜む本当の彼の顔だ。 言い訳をするのかあっさり認めるのか、私は彼の口が開くのを待つ。
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