少し前の話ですがアニメ化もされるという情報を聞いて買いそろえたのが、「ジョジョの奇妙な冒険」です。この漫画はむかし兄が持っていたのですが、子供の我々には濃すぎる絵が気に入らず、ついつい読んじゃう面白さがあるけど、「変な漫画」扱いで終わっていました。しばらくすると三部までそろっていた漫画も、売られてしまいました。これ以降、私は「ジョジョはネタ漫画」という以上の認識を持っていませんでした。なので、私は本格的にジョジョにハマった時間でいうと、第一部アニメが始まってしばらくしてからだったので、いわゆる「にわか」の部類に入ります。そのまえにOVAアニメを見ていて、かなり出来がよかったと覚えていたくらいです。

 正直、アニメの前半、そして漫画を同時に読み始めても、「ネタ漫画」という認識はそのままでした。「変なセリフ」「がばがばな設定」が面白い、という感じです。しかし、最近の漫画にはない熱血さやあんまりかっこつけずにエンターテインメントに終始する感じに好感が持てました。

 ネタのつもりが感動しまったのは、三部のラスト。そうすると、四部が待ち遠しい、ここはアニメでも見たことのない未知の領域で、はやく読みたい、となっていきました。

 七部まで読み終えると、私が意識できる範囲ではとくに五部から、「運命」というキーワードが作品全体を流れているのがわかりました。この「運命」の扱われ方が、ほかの少年マンガとはすこしちがう。単純に、逆らうべき、打ち倒すべき「運命」なのではないのです。ジョジョの登場人物たちは、みな「運命」に逆らえない、むしろ覚悟をきめて受け入れていくしかない。

 その象徴として、「ローリングストーン(ズ)」というスタンドがあります。このスタンドは運命を動力として動き、死の運命が定まっているものに向かっていくという能力を持っています。それはまさに、坂道を転がる石が重力によって動くように、運命という力で動き、だれもこれには逆らえない、「われわれは『運命の奴隷』だ」と、このスタンドの所有者は

言います。ジョジョの登場人物はみなこの運命という重力に引っ張られ、物語に巻き込まれていく。さらに、この「ローリングストーン(ズ)」という名前は、六部までの主人公、ジョジョたちの象徴でもあります。というのは、主人公のスタンドは宝石ないし石の名前が必ず含まれており、「ローリングストーン(ズ)」は運命に巻き込まれるジョジョという主人公たちを意味しているのだと思われるからです。七部のスタンドは例外ですが、「転がる石」であるジョジョは六部でひとつの区切りをつけるので、そこにもそれ相応の意味があるのです。

 しかし、スタンド自体がある種、人間の限界という運命を越えた存在でもあったのです。石ころは加えられた力に逆らえません。植物は、すこしだけ自分を展開させる力があります。動物は自分から動き、獲物を捕らえてその動きを支配できます。さらに人間は、その動物の習性を知ることで、動物を支配できます。その人間を超越していくことが、ジョジョの物語の重要な要素であり、スタンドは完全に一般人の認識の外にあるものなのです。このスタンドでさえ、これがどれほど運命を乗り越えようとしても、乗り越えられない運命というものが、とくに五部、六部、七部でテーマになるのだと思います。

 という感じで、かなりうざく語れるほど好きになっちゃいましたよ、ジョジョ。

2015 12/03 00:00:00 | none | Comment(0)
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