もうすっかりブログそのものをやらなくなってしまっていた。
人間ってこれだからイヤだなぁって(笑)
ところでさ、去年の11月30日に
私の最愛なるにゃんこ様、コッペさんが
腎不全で推定11歳の猫生に幕を下ろしました。
腎不全発覚からだと、2年以上の期間になるのですが
発覚当初から末期だと宣告されたのに
数日でケロッと回復し、ずっと元気で
それからまた急に悪くなったのは、息を引き取る
一週間前あたりからのことでした。
なので、実質
闘病生活というものはわずか2週間程度という
まぁ、変な言い方かも知れませんが
飼い主である私には負担のかからないものになりました。
私、かなり気合入れてたんですよ。
コッペさんのために全力で尽くすって。
治療に専念するって。
何もかもコッペさん最優先でいくって。
でもいよいよの時が来てからはあっという間でした。
具合が悪くなり、日に日に弱っていくコッペさん。
もともと投薬や強制給仕を極端に嫌がる子だったので
自分の意志で食事を拒絶するようになったら
無理に食べさせることはしないと、ずっと前から
自分の中で決めていたので
強制給仕はしませんでした。
もし強制的に食べさせていたら、もう少し
長くこの世にいてくれたのかも知れません。
だけどそれはコッペさんに対し
苦痛を長引かせるだけにしか思えず。
たしかに延命できなかった。けれど
そのぶん穏やかに看取ることができた。
コッペさんも最期の時間を穏やかに過ごせたはず。
最期の瞬間は私の膝の上。
もちろん苦しそうな時もありましたが、意識が無くなる
ギリギリまで私の膝上で、こちらを見上げ甘えた顔をする。
撫でるととても嬉しそうに目を細めた。
たぶん最後のアイコンタクトだった。
意識が無くなる直前に数回、大きな声で鳴き
そこからしばらく昏睡状態で、呼吸が止まるその時も
大きな痙攣などはなく、とても静かでした。
もう四拾九日も過ぎ、今月の30日で
2度目の月命日になりますが
未だに思い出すほど涙が溢れてきます。
お骨が入ったカプセルを持ち歩いています。
時々、私のそばにコッペさんの気配を感じます。
魂だけの透明な存在になって
今も私のそばにいてくれているのかな。
それもいいけど、嬉しいけれど
また可愛いあの姿にそっくりな毛皮を着て
この世に生まれ変わってきておくれよ。
保護猫シェルターで出会った時のように
私を見つけて、第一候補だった子を押しのけて
「僕を選らんで!」
と言わんばかりに近寄ってきてくれた
あの時のように、鈍感な私にその存在を教えてほしい。
また連れて帰るから。
必ず。