公安警察は僕をアルカイダテロリストや北朝鮮のスパイに仕立て上げ、その結果行ってきた様々な不当行為を正当化するためにあらゆる手段を使って僕を要注意人物にし続けています。そして自衛隊も自衛隊機で毎日のように脅迫行為を行っています。このブログではそれらの行為について書いています。また拉致報道減少の理由もこのブログでわかります。
時系列表の解説  その2

「その1」で書いたことに加え、05年のロンドン地下鉄テロ事件の直後に、僕が電車に乗った時のことや、僕が04年に丸ビルに行き、その丸ビルでサミットが日本で行われる今年(4月)になってテロ訓練が行われたこと。

そして僕がB氏の冤罪について書いたわずか3日後の7月1日には、なんと中古車業の手伝いをしているパキスタン人が逮捕されました。
これは間違いなくこのブログ対策のためのパフォーマンスです。パキスタン人は危険だ、という印象を抱かせ今まででっち上げてきたパキスタン人が関わるテロリスト日本潜伏に信憑性を持たせるためのパフォーマンスです。
これらのことを考えれば、警察が僕にテロリストで疑いをかけていたことがさらにわかってもらえると思います。

まだあります。
08年6月に洞爺湖サミットのため警察による東京の厳戒態勢に入りました。
テレビで見ましたが、異常なほど警戒している様子でした。
中でも異常と思えたのが、「駅構内でほんのちょっとでも不信な人を見かけたら直ぐに通報してほしい」と呼びかけているところです。
これは間違いなく05年に僕が電車に乗った時のことに真実味を持たせるための警察のパフォーマンスです。JR東日本に対する警察のパフォーマンスです。
これら以外でも、サミットに備え、わざと必要以上に大騒ぎすることによって、日本にアルカイダが潜伏しているのではないかと多くの一般人や警備に関わる多くの企業に思わせて、リオネル・デュモンなどのアルカイダ日本潜伏の話が、「警察によるでっち上げだった」ということで終わらせないための警察による一大パフォーマンスです。
2008 07/05 11:01:07 | 人権侵害 | Comment(0)
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時系列表からわかったこと  その1

警察は僕が周りを異常なほど警戒している様子や、過去にミサイル部品を扱っている会社での事故、そして何よりも01年のニューヨーク同時多発テロの影響から僕がアルカイダのテロリストなのではないか、という疑いをかけた。そこから僕にテロリストとして何か疑いがかけられるものはないかと探した。
しかしどこを探しても何も出ない。
そこでパキスタン人系のアルカイダのテロ組織も存在するというところから、僕が住む同じ埼玉県内で00年に起きた、被害者の元夫が中古車販売などをしていたパキスタン人という「熊谷美容師殺人事件」を利用したのです。
そして僕が黒いスポーツカーを所有しているところから、「実は美容師事件では、事件当時、現場付近で黒いスポーツカーが目撃されていた」という話を後で造り、僕とアルカイダのテロリストとを強引に結びつけようとした。

この事件では被害者の手帳が盗まれていたということにもなっています。

これらの話から想像するとこんな感じのストーリーじゃないでしょうか。

パキスタン人の元夫がテロリストで、そのことを何らかの事情で被害者が知ってしまった。被害者にテロリストであることを知られたことに気づいた元夫が、同じ埼玉県に住む、過去にミサイル部品を扱う職場でのテロ行為を行ったテロリストである僕とが、テロリストであることをばらされないように、共謀して僕の黒いスポーツカーに乗って現場まで行って被害者を殺害した。そしてその時に元夫がテロリストである証拠が書いてある手帳を奪った。

という感じのストーリーではないでしょうか。

そしてさらにこの話に信憑性を持たせるために日本で中古車業を営むパキスタン人が関係してくるテロリストが日本で活動をしていたというリオネル・デュモンの話を造ったのではないでしょうか。

北朝鮮のスパイのほうでは、百人町事件や韓国のA氏のスパイでっち上げという、新宿という場所があたかも北朝鮮のスパイの巣窟になっているかのような話を造って僕をスパイとするのに疑いをかけやすくした、ということを書きました。
「日本と韓国のでっち上げ 」

このことからすると、アルカイダのテロリストのほうでは、戸田市に住み新宿に事務所をかまえるB氏が関係されたとするリオネル・デュモンの事件を造って、あたかも埼玉県と新宿がアルカイダのテロリストの巣窟になっているかのような話を造って、僕にテロリストの疑いをかけやすくしたのではないでしょうか。このデュモンの事件ではB氏逮捕の捜索日に埼玉県の川口市に住むバングラデッシュ人も捜索を受け逮捕されています。
なのでそう考えておかしくないと思います。

B氏の場合、テロリストへの資金の送金役として疑いをかけられました。その舞台となったのが、B氏の会社の事務所がある新宿です。
これを僕と結びつけようとすると、僕が新宿の歯科医院に支払うために、100万近いお金を借りた。実はそのお金は歯科医院からテロリストにお金が流れていたというストーリーを造ったとも考えられます。

さらにデュモンは日韓ワールドカップでのテロも計画していたが、支援組織が不足していたため実行出来なかったという情報もあります。
これを僕と結びつけると、僕がテロを企てようとチケットを申し込んで、日本対ベルギー戦をスタジアムで観戦したものの、実際にはテロが起きなかった。それは支援組織不足でたまたまテロを実行出来なかっただけなんだ、という警察にとって都合のいい話も造れます。

それ以外にもサイトによっては、パキスタン人のテロリストも日本に入国していたという情報も載っています。どうも911テロ以降にアルカイダが日本に潜伏していたという話は全てが僕に結びつくような気がします。

911テロ以降のアルカイダ日本潜伏という話は恐らく全てがこの熊谷美容師殺人事件を中心にして造られた話です。

これでテロリストでっち上げの時系列表の説明は終わりではありません。長くなるので「その2」、「その3」と分けて書きます。
2008 07/04 20:36:59 | 人権侵害 | Comment(0)
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今回は公安警察が僕をテロリストとしてでっち上げてきた経緯の時系列表をつくってみました。これで少しは本当にテロリストとして疑いをかけられていたことがわかりやすくなったかもしれません。
なのでテロリストとしてのでっち上げに関すること以外は載せていません。

それと昨日調べていてわかったのですが、熊谷美容師殺人事件の被害者の夫が中古車業も手がけていたそうです。これでさらにB氏の冤罪と僕が結びついてきました。
熊谷美容師殺人事件について調べたい方は「山田潤子 美容師 殺人」などで検索してみてください。山田潤子さんとはこの事件の被害者のかた名前です。

すでに検索された方もいらっしゃるでしょうが、「熊谷美容師殺人事件」で検索すると、僕のブログと、他には2チャンネルが載っていると思いますが、その2チャンネルでは、なぜか美容師の元夫が「スリランカ人」になっています。しかもこの書き込みがなぜか08年6月24日と最近ですし、その内容が前後の書き込みとは脈絡が無い内容です。変ですね。
とにかく被害者の元夫はパキスタン人が本当です。
それと黒いスポーツカーが、黒い車となっているサイトさんもありますが、テレビのチカラでは黒いスポーツカーと言っていたのも間違いありません。




●印はB氏やデュモン容疑者に関しての動向です


95年(平成7年)
 
 7月: 本業のかたわらで極わずかですがミサイル部品の試作品も扱う会社(X社)に入社 
 
 7月: X社で事故発生(1人死亡、負傷者複数)
(関連記事 07年7月1日「最初はテロリストとして疑われていた」 07年6月25日 「前回の記事の説明」))

11月; ●B氏が日本に住み始める
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」
 
12月: 疲れやすい、気力が無いといった体調を改善のため新宿百人町にある特殊な治療を行う歯科医院(Z医院)に通い始める
(関連記事 5月28日 「僕が通っていた病院について」 B事件=ミサイル情報漏えい事件)
 
 12月: Z医院での矯正治療に使うために信販会社でお金を借りたため、X社に本当に働いているかの確認の電話が信販会社からかかってくる。




96年(平成8年)
 
 1月: X社の事務所に空き巣が入る
 
 1月: 自分が空き巣で疑われる
 
 2月: いずらくなってX社を辞職



97年(平成9年)

   ●B氏が群馬県太田市にバングラデシュ人向けの食材販売店を開店
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」





98年(平成10年)

 7月: ●B氏が国際電話の回線取次の仕事を始める
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」
 
12月: 警備員のアルバイトを始める
 
 


99年(平成11年)
 
 10月: 桶川ストーカー事件発生 主犯格の男が逃走
 
 その後アルバイトの現場にパトカーが頻繁に現れるようになる また帰宅の電車の中で警察らしき男に気づく
(関連記事 07年4月5日「B事件でっち上げまでの経緯」 はじめから中段くらいまでの記事)

11月: ●B氏が埼玉県戸田市に転居 また会社の事務所を新宿に開設
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」


00年(平成12年)
  
 4月: 鬱病がひどくなってきたためアルバイトを休職する
 
 5月: 家族がひったくりに遭い刑事が家に来る

 6月: 警察の監視に気づく
 
 6月: アルバイトを辞める

 7月21〜23日: 沖縄サミット開催  開催中にお台場方面へドライブに行く
(関連記事 08年4月14日「そういうことですか」

10月22日: 熊谷美容師殺人事件発生
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」





01年(平成13年)
 
 9月11日: ニューヨーク同時多発テロ発生
 
   その後自衛隊による自衛隊機での脅迫行為が始まる
(関連記事 これらは7年間の脅迫行為の極一部分の記録です。 07年3月23日「人権侵害」 アメーバビジョン




02年(平成14年)
 
 6月: 日韓ワールドカップ開催  
 
 6月4日: 日本対ベルギー戦を埼玉スタジアムで観戦
(関連記事 08年4月14日「そういうことですか」

 9月: 戸田市にある戸田公園に行く
(関連記事 08年5月26日「北朝鮮のスパイの特徴は僕にそっくり 1」の中の”6”)
 



03年(平成15年)

 6月: ●B氏が事務所を秋葉原に移転
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」




04年(平成16年)

  テレビのチカラで熊谷美容師殺人事件の現場付近で黒いスポーツカーが目撃されていたという放送がある(03年から04年の間だったと思います)
(関連記事 07年5月24日「通り魔事件以外にも」   07年5月14日「B事件以外で疑われていること」 B事件=ミサイル情報漏洩事件)
 
 5月26日: ●B氏がアルカイダと関係があったとされ逮捕される
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」
 
 7月: オーディオを見に秋葉原へ行く 秋葉原の後に丸ビルにも行く
(関連記事 08年5月26日「北朝鮮のスパイの特徴は僕にそっくり 1」の中の”7”)

   ●B氏がアルカイダとの関係は無かったことがわかる
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」



05年(平成17年)
 
 7月7日: イギリスサミット開催中ロンドン地下鉄テロ発生

 7月: パソコンのCPUクーラーを買いに大宮に電車で行く   その時に行きの電車が宮原駅の手前で突然停車、その後宮原駅で「車両故障のため後からくる電車に乗り換えてください」と放送  
(関連記事 08年4月14日「そういうことですか」





06年(平成18年)
 
 1月26日: 新宿にあるZ医院が軽微な罪で家宅捜索を受ける

 5月25日: Z医院で治療を行っていた先生が逮捕される しかしテロリストに関する証拠などは一切出ず
  
  「テレビのチカラの黒いスポーツカーは僕に疑いをかけるための警察のでっち上げだ」という内容の話しを僕が家族にする

  テレビのチカラで「黒いスポーツカーは白いセダンの見間違いだった」と警察が証言を変えさせる放送がある
(関連記事 07年5月26日「テレビのチカラが放送されなくなった理由」



 


07年(平成19年)
 




08年(平成20年)

 4月24日: 丸ビルで爆発物が仕掛けられたという設定でテロ訓練が行われる

 6月: 洞爺湖サミットのため警察による東京の厳戒態勢に入る

 6月28日: このブログでパキスタン人が関係してくるテロリストでっち上げに関しての「もう一つの冤罪」を書く
(関連記事 08年6月28日「もう一つの冤罪」

 7月1日: 朝日新聞朝刊に、警察が洞爺湖サミットのテロを警戒して、カメルーン大使館のアルバイト職員で中古車販売手伝いもしているパキスタン人を12年前から不法入国していたことで逮捕という記事が掲載される
韓国のA氏の冤罪は、僕が北朝鮮のスパイという日本の公安警察のでっち上げから

うまれたものです。

そしてこのブログでは、公安警察は僕をテロリストとしても疑いをかけていると書いていますが、実はテロリストのほうでも、僕に関係があると思われる冤罪が存在します。


その事件はこういうものです。

アルカイダのメンバーとされるリオネル・デュモンという人間が、02年から03年の間に日本に何度か入国していて、その時に新潟市内のパキスタン人男性名義の
マンションなどに住んでいたそうです。そして新潟東港を拠点に、パキスタン人業者とロシアや北朝鮮向けに中古車などを輸出していたそうです。
その時に、あるバングラデッショ人(B氏)と連絡を取り合っていたり、デュモンのものと思われる口座から、B氏の口座に入金があったとされ、B氏はアルカイダの協力者として04年5月26日に逮捕されたというものです。
しかしその後B氏は数十日間拘留された後に、アルカイダとの関与は無かったとさ
れ疑いが晴れました。そしてこの報道によって、会社の取引を次々と断られ、生活をめちゃくちゃにされたとして、自分をテロリストと報道したマスコミに対して損害賠償請求を行って、次々と勝訴しています。そして今も自分の名誉の回復を訴え続けています。


この冤罪がどうして僕に関係があるのかというと、


まずこのブログでは以前から書いているように僕が働いていたX社の事故と、僕がやたらと周りを警戒していることや、自衛隊が911テロ以降に自衛隊機による脅迫行為を始めたことなどから、警察や自衛隊が僕を北朝鮮のスパイ以外にもアルカイダなどのテロリストとしても疑いをかているということを書いています。


そしてそこへ来てアルカイダの協力者として逮捕されたB氏が、僕と同じ同じ埼玉県在住であること。(それに僕はB氏の逮捕前年の03年に気晴らしのためにB氏が住んでいる戸田市にある戸田公園に行っています)


それとB氏の仕事の事務所が、A氏のスパイ事件の時と同様に僕が通っていた歯科医院と同じ新宿にあること。


そしてもう一つ、B氏と連絡をとっていたデュモン容疑者がパキスタン人と関係していたということです。
なぜパキスタン人が関係していると僕に関係が出てくるのか。
このブログで以前から書いている、00年10月に起きた「熊谷美容師殺人事件」で関係してくるのです。
この事件で殺害された美容師の元夫がパキスタン人です。アルカイダのテロ組織にはパキスタン人による組織も存在すると言われています。それにこれも同じ埼玉県で起きた事件です。
この事件では殺害時に被害者の手帳を持ち去ったとされています。
さらに04年頃になって、未解決事件を扱っていた番組「テレビのチカラ」で、この殺人事件の殺害現場の近くで、僕も所有している黒いスポーツカーが目撃されたという証言が出た。
さらにそれが06年頃の放送では、今度はなぜか警察が「黒いスポーツカーではなく白いセダンと見間違えたのではないか」と、目撃者とされる人の証言を全く別の車種に変えさせてしまうという明らかに不自然なことが起きています。



どうでしょうか。
これらの事件の関係場所や時期などの条件や、A氏の冤罪事件を考えればこのB氏の冤罪も僕と関係しているとは考えられないでしょうか。

それにB氏が逮捕さたのが、A氏の無罪が言い渡されたのと同じ04年5月です。A氏の無罪判決が5月の何日かなのかは調べても見当たらないのでわかりませんが、もしA氏の無罪判決がB氏逮捕の26日より前だとすると、A氏が無罪になったことで僕に北朝鮮のスパイとして疑いをかけることに失敗したので、今度はアルカイダのテロリストの方で疑いをかけるため、B氏を逮捕したということも考えられます。

そしてこのテロリストでも失敗したので、今度はその年の年末から05年の初めにかけて、北朝鮮の工作員の伝令役の人間の名前を僕の知り合いと同姓同名だったという情報を流した。とは考えられないでしょうか。

これらは公安警察が、僕に疑いをかけるために事件のストーリーを無理やり造ろうとした過程で、話をこじつけられそうな人間を探した結果、A氏とB氏の2人が目を付けられて、A氏は北朝鮮のスパイ、B氏はアルカイダの協力者とされたために生まれた冤罪だとは考えられないでしょうか。
2008 06/28 17:30:19 | 人権侵害 | Comment(0)
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1995年7月30日の午後9時過ぎに八王子市のスーパーナンペイ大和田店の事務所で女性3人が拳銃で殺害される事件が起きました。強盗目的と見られています。

その事件で現場の足跡から溶接作業時などに飛散する鉄粉が発見されたと22日に警察が発表しました。
犯人は溶接作業に従事していたか、鉄工所に出入りしていた可能性があるそうです。
また被害者をしばったテープはニチバン社製で、東京、埼玉、千葉、神奈川、山梨のコンビニエンスストアなどで販売されていたそうです。

僕が19日に鉄工関係の会社に95年の7月から働き始め、半年後には会社の事務所での空き巣で疑われたことをこのブログで書いた。

僕がこのようなブログを書いたわずか3日後に警察は13年間見つからなかったこのような事件でこのような証拠が出たと公表した。

13年も経ってからこのような証拠が新たに出るなんて事があり得るのでしょうか。
しかもビニールテープは僕が住んでいる埼玉県でも売られていたとなっている。


完全に嘘でしょ。


なんでもいいから僕に重大な未解決事件で疑いをかけようとしているのでしょう。
2008 06/25 07:23:18 | 人権侵害 | Comment(0)
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前回の時系列表の中の「関連記事」を直リンしておきました。それと関連記事自体もいくつか追加しておきました。



韓国のA氏が北朝鮮のスパイとして逮捕されたという事実を知ったことと、時系列表を作ったことで、話の筋がよりわかりやすくなりました。


時系列表の05年の始めに「工作員の伝令役が僕の知り合いと同姓同名だった報道や、北朝鮮は日本の工場にスパイを送り込んで情報を盗んでいるという報道がある」と書きましたが、
なぜ僕が監視に気づいてから5年近くも経ってからこのような情報が流されたのか。
それは僕と同時進行で北朝鮮のスパイとしてでっち上げられた韓国のA氏に04年5月に無罪判決が言い渡されたからです。
この無罪で日本の公安警察は、新宿という場所が北朝鮮のスパイの巣窟になっているという話を造り上げることに失敗したため、今度はその判決の数ヵ月後に、僕の知り合いと同姓同名の工作員がいたという話を新たに造って、マスコミに流させて、それを元に僕の監視や自衛隊による脅迫を続けたのです。そして自分たちの保身を謀ったのです。



それともう一つ時系列表の02年の7月に友人の結婚式に参加したことを書きましたが、そこに新郎新婦や出席者の職業を書きました。
なぜこのようなことをわざわざ書いたかというと、「拉致事件」で検索すると一番最初に出ているウィキペディアには、拉致が濃厚とされた人たちの職業で多いとされて載っているのが、「印刷工」「医師」「看護師」「機械技術者」です。(ウィキペディアの「事件の背景」の中段辺りに出ています)
この結婚式に参加した友人たちの職業と見事に重なります。この新郎や友人たちは僕と昔からの付き合いがあって、警察に監視されてからも、2、3回飲みに行っていますし、昔から一番多くあっているのがこの友人たちです。
この拉致濃厚者の職業の情報は「特定失踪者問題調査会」が調べたことになっていますが、実際には調査会にこの職業の情報を流したのは公安警察ではないでしょうか。
公安警察は、僕と一番古い、そして一番多く会っている友人の職業を、そのまま拉致被害者に当てはめたのではないでしょうか。

要するに拉致濃厚とされた人たちの職業が友人たちの職業と重なるのではなく、公安警察が僕と北朝鮮とを結びつけるために、わざと友人たちの職業と重なる人たちを拉致濃厚とするようにしたのではないでしょうか。


結局伝令役と同姓同名の人を含めると、あの結婚式に参加した多くの人間が北朝鮮と関係があるということになってしまいます。
なのに一度も警察は接触してきたことがない。

そんなふざけたことがあるか。


それと韓国のA氏についてですが、韓国の情報院は「スパイである証拠が出ないだけであって、実際にはA氏はスパイ」だというふざけたことを言ったそうですが、A氏が72回も韓日を往復していて、それをスパイとする理由にしているのに何一つ証拠がでないなんてことがあるわけがないだろ。
言い方をかえれば、72回も往復していて証拠が出ないからこそA氏がスパイなどあり得ないと考えるのが普通なんですよ。
結局日本の公安も韓国の情報院も、北朝鮮のスパイというものを勝手に想定して、それっぽいと思った人間を、なに一つ証拠が無くてもみんな北朝鮮のスパイにしてしまうということです。

それとこれもネットで何回か見かけましたが、北朝鮮のスパイは自分がスパイだとバレないように、証拠となる物は全て燃やしてしまうらしいですが、この情報は証拠が無くてもスパイとして疑いをかけられるように警察自身が造った情報だと思っています。それをネット上や色々な人たちに流しているのだと考えています。この情報は渡辺秀子さんの件でも、工作員とされた人間の目撃証言の中にも出ていました。


公安警察の情報は
嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘だらけ。
この「嘘」の数は決して大げさに書いているわけではありあません。調べていると、僕と様々な犯罪とを結びつけるような情報がまだまだ出てきています。
2008 06/24 11:39:23 | 人権侵害 | Comment(0)
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僕が北朝鮮のスパイに仕立て上げられた経緯について時系列表でまとめてみました。これで少し話の内容がわかりやすくなると思います。今回は北朝鮮のスパイのでっち上げをわかりやすくするためにそれ以外のでっち上げに関しては今回は省いてあります。
<del>(この記事を読むときは、関連記事用にもう一つプラウザを開いて、過去の記事を読むようにすれば読みやすいです</del>)



95年(平成7年)
 
  7月: 本業のかたわらで極わずかですがミサイル部品の試作品も扱う会社(X社)に入社 
      (関連記事 ここから06年1月26日までのおおまかな経緯については07年6月25日 「前回の記事の説明」の記事を参照してください) 
 
  7月: X社で事故発生(1人死亡、負傷者複数)
 
 12月: 疲れやすい、気力が無いといった体調を改善のため新宿百人町にある特殊な治療を行う歯科医院(Z医院)に通い始める
      (関連記事 5月28日 「僕が通っていた病院について」 B事件=ミサイル情報漏えい事件)
 
 12月: Z医院での矯正治療に使うために信販会社でお金を借りたため、X社に本当に働いているかの確認の電話が信販会社からかかってくる。



96年(平成8年)
 
  1月: X社の事務所に空き巣が入る
 
  1月: 自分が空き巣で疑われる
 
  2月: いずらくなってX社を辞職



97年(平成9年)



98年(平成10年)
 12月: 警備員のアルバイトを始める
 
 


99年(平成11年)
 
 10月: 桶川ストーカー事件発生 主犯格の男が逃走
 
 その後アルバイトの現場にパトカーが頻繁に現れるようになる また帰宅の電車の中で警察らしき男に気づく
(関連記事 07年4月5日「B事件でっち上げまでの経緯」 はじめから中段くらいまでの記事)


00年(平成12年)
  
  4月: 鬱病がひどくなってきたためアルバイトを休職する
 
  5月: 家族がひったくりに遭い刑事が家に来る
 
  6月: 警察の監視に気づく
 
  6月: アルバイトを辞める

  6月: 韓国国家情報院が韓国人のA氏に対する北朝鮮のスパイの疑いで日本での捜査を行う公安警察が捜査に協力
     (関連記事 08年6月10日「日本と韓国のでっち上げ」 オーマイニュース

 11月21日: 百人町事件でスパイ2人を検挙
         (関連記事 08年5月29日「スパイ検挙はでっち上げ」



01年(平成13年)
 
  9月11日: ニューヨーク同時多発テロ発生
 
   その後自衛隊による自衛隊機での脅迫行為が始まる
(関連記事 これらは7年間の脅迫行為の極一部分の記録です。 07年3月23日「人権侵害」 アメーバビジョン


02年(平成14年)
 
  5月: 韓国でA氏が北朝鮮のスパイとして逮捕・起訴される
      (関連記事 08年6月10日「日本と韓国のでっち上げ」 オーマイニュース
 
  7月: 友人(新郎が医者、新婦が看護師)の結婚式に参加 (この式に、後に工作員の伝令役とされる人間と同姓同名の知り合いや、群馬県の電気関係の工場、印刷工、電気設備関係で働く友人などが参加)
 
 12月: 鬱病治療のため大宮の病院に通い始める



03年(平成15年)



04年(平成16年)
 
  5月: 韓国でA氏に無罪判決が言い渡される
      (関連記事 08年6月10日「日本と韓国のでっち上げ」 オーマイニュース



05年(平成17年)
 
 工作員の伝令役が僕の知り合いと同姓同名だった報道や、北朝鮮は日本の工場にスパイを送り込んで情報を盗んでいるという報道がある
(報道された正確な時期を忘れましたが、04年の暮れから、05年の初めの間であることは間違いありません)
(関連記事 07年6月26日「伝令約の造られ方」
 
  11月: 近所の住宅街で僕が一時停止違反で捕まった際に警察官に対して「警察が人権侵害しているぞー」「人権侵害で訴えてやるからな」と大騒ぎする
        (関連記事 07年5月10日「B事件の家宅捜索のきっかけ」 B事件=06年1月17日のミサイル情報漏えい事件と僕自身が疑いをかけられているミサイル情報漏えい事件)



06年(平成18年)
  
  1月 5日: 警察庁の漆間長官が会見を開き、今年は拉致事件に対して積極的に取り組むというような発言をして、その中で今まで拉致の認定をしていなかった人たちに対しても取り組むような発言もしていました
 
  1月17日: X社の関連会社の提携会社がミサイル情報(93年から95年の情報)が北朝鮮に流出したとして家宅捜索を受ける(関連記事 07年6月23日「B事件=ミサイル情報漏洩事件」

  1月26日: Z医院が軽微な罪で家宅捜索を受ける

  5月25日: Z医院で治療を行っていた先生が逮捕される しかしスパイに関する証拠などは一切でず

 11月:僕の家族の特徴とそっくりの工作員の似顔絵が公表される。
(関連記事 07年9月1日「あの似顔絵もでっち上げ」

 11月27日: 不正に入手した薬品を万景峰号で北朝鮮に輸出しようとしていたとして在日朝鮮人の女性の自宅や世田谷区の太子堂にある総連施設などを家宅捜索。太子堂は僕が学生の頃によく出かけていた三軒茶屋のとなりです。それと02年7月の結婚式の新郎が医者新婦が看護師です。
         (関連記事 07年8月29日「最後の捜索」 B事件=06年1月17日のミサイル情報漏えい事件)
 
 11月29日: 川崎市にある派遣会社が無届けで群馬県の工場(この工場の近くに、結婚式に参加した友人が働いている工場があります)に労働者を派遣していたとして家宅捜索を受ける。社長が朝鮮籍の女性でその前の社長がその夫で在日本朝鮮人科学技術協会(科協)の顧問でミサイル技術に精通した人物。
         (関連記事 07年8月29日「最後の捜索」 B事件=06年1月17日のミサイル情報漏えい事件)



07年(平成19年)
 
  3月22日: このブログを書き始める 
         ブログ投稿の数時間後に渡辺秀子さんの事件が特定失踪者調査委員からマスコミ         に公表される
 
  4月: 警察が渡辺さん事件での関係箇所を家宅捜索

  4月; 渡辺さん事件で大騒ぎの最中に、深夜の討論番組で北朝鮮関連の報道での問題点を扱う
      (関連記事 07年5月16日「マスコミに関して」、17日「昨日の続き」 A事件=渡辺秀子さん殺害と家族の拉致事件  B事件=ミサイル情報漏えい事件)

  5月: マスコミが渡辺さん事件を全く取り上げなくなる
      (関連記事 07年6月28日「ある新聞社へ」 12月5日「マスコミ自身が認めました」
   
   その後他の拉致事件や北朝鮮関連の報道量が激減する
   (関連記事 07年10月21日「最近このブログを読み始めた方へ」
2008 06/19 18:43:32 | 人権侵害 | Comment(0)
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有害サイトの規制をする法律ができたそうですが、まさかこのブログが規制の対象にならないでしょうね。このブログが対象になったらそれは間違いなく青少年のめに造られた法律などでは無く、僕を犯罪者のように仕立て上げてきた人間にとって都合の悪い情報を消すことが目的で造られた法律ということです。
2008 06/12 11:22:50 | 人権侵害 | Comment(0)
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Googleで「北朝鮮 スパイ」で検索すると一番初めに出ているあのサイトを「企みサイト」とすることにします。

企みサイトで、北朝鮮のスパイの特徴として、韓国の情報院の情報を載せる理由として、北朝鮮のスパイに対して日本よりも積極的な韓国での情報が僕の特徴と一致するとなれば、僕が北朝鮮のスパイだとする説により信憑性が増すからと書きましたが、他にもう一つ理由を見つけました。

それは北朝鮮のスパイの年齢です。

日本での北朝鮮のスパイ検挙に関して調べると、年齢が載っている件を見てみると、ほとんどが40歳〜60歳代というのが一番多いいです。これだと僕の年齢と遭わなくなります。そこで韓国が把握している北朝鮮のスパイの特徴という形で、あの公安警察の企みサイトに北朝鮮のスパイの特徴を20歳から30歳代として載せているのです。

それと5月26、28日の記事に関して、さらに思い出したことがあります。
企みサイトの下のほうに、北朝鮮のスパイの特徴として「混んでいる街でもひと気の無い道を選んで通り、わざと袋小路に入ったりする」というような説明がありますが、僕も全く同じようなことがあったことを思い出しました。03年頃に鬱病の治療で大宮にある病院に通っていましたが、その時大宮の駅から病院まであるいはその帰りは、バスで行く場合と歩いていく場合がありました。歩きの時は運動不足解消のためや、バス賃を浮かせるためですが、その時大宮の駅から歩いていく場合、裏道を通るので必然的に人が少なくなります。それと帰りに道に迷って袋小路に入り込んだこともありました。
公安の企みサイトではこの事実を利用して北朝鮮のスパイの特徴として載せているのです。
また思い出したり、企みサイトに関して気づいたことがあったら書きます。
2008 06/11 16:39:31 | 人権侵害 | Comment(0)
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前々回の記事で、でっち上げの始まりが百人町事件と書きましたが、それより数ヶ月前に本当に根本となる事実があったことを発見しました。

00年6月に日本の公安警察が韓国の国家情報院による日本での北朝鮮スパイの捜査に協力していたというものです。

そしてこのサイトの発見で僕がどうやってスパイに仕立て上げられたかが全てがわかりました。

それがこちらのオーマイニュースさんの記事です。このページを読んでから下の記事を読んでください。


この記事によると情報院による日本での捜査が行われたのが00年6月です。僕が警察の監視に気づいた直後です。そしてこの記事では韓国でスパイとして逮捕された方(A氏)が日本で学生をしていた頃に受け取っていた奨学金は「朝鮮奨学会」からとなっていますが、この朝鮮奨学会のホームページを見たところ所在地がなんと「西新宿」と「大阪」です。このA氏は日本にいる時に通っていたのは関東の学校なので、関係があるのは「西新宿」のほうです。
またA氏のスパイ活動の内容とされたのが、韓国と日本を72回も往復していた事実や友人に軍関係者が多いことを理由に「朝鮮奨学会に取り込まれ、軍事機密を韓国内に伝達する役目をしていた」というものです。


これで全てがわかりました。僕のスパイ事件と、A氏のスパイ事件は日韓合同ででっち上げられた事件です。この日韓合作のでっち上げが全ての始まりです。現に僕は未だに警察が一度も接触してきたことはありませんし、A氏も無罪になっています。


オーマイニュースでは情報院側から日本での捜査依頼をし00年6月に捜査を行ったとなっていますが、それだと公安が僕を監視し始めた時期と丁度重なり、話が出来すぎです。(別にオーマイニュースを疑っているわけではなくこの情報の大元を疑っているので誤解しないでください)
オーマイニュースでは情報院は94年からA氏を監視をしていたとなっていますが、そんなに前から捜査していて、日本での捜査が00年のぼくが日本の警察の監視に気づいた直後に行われるなんて偶然にしては出来すぎです。
僕は韓国側から日本に捜査の要請をしたのではなく、日本側から、「今、日本でこういう怪しい奴がいるけど、これと結びつきそうな情報はないか」と韓国側に打診して、情報院が韓国にある色々な情報の中から新宿と言う場所に共通点があるA氏をピックアップして、日本での捜査が行われたと考えています。そして2人を新宿を舞台として活動しているスパイとして無理やりし立て上げた。
そう考えたほうが自然です。
公安も情報院も色々な意味で同じようなことをやっている組織のようですですから、その同じような組織同士が結びつけばどういうことをするかは簡単にわかると思います。


そこで百人町事件に関して考え方を変えなければいけないことがあります。前々回の記事では僕のスパイ事件が百人町事件の一部のような感じで書きましたが、2つは別々の事件だけど同じ場所で起こった事件と考えたほうが自然になります。

こういうことです。

僕とA氏のスパイ事件の捜査の、あたかもあしがかりになった事件とするために、新宿を舞台にしたスパイ事件「百人町事件」をつくり、その犯人を00年11月に検挙をしたことにした。
そしてこの事件をきっかけに、僕のほうは歯科医院をアジトにしたスパイ事件、A氏は朝鮮奨学会をアジトにしたスパイ事件が発覚したことにすれば、一つの場所で複数のスパイ事件が起きたことになり、あたかも新宿という場所は北朝鮮のスパイの巣窟のような場所だということにできます。そしてその場所に通っていた僕やA氏がスパイだという説に信憑性を持たせることができます。

それに別々の事件だと考えれば、00年に百人町事件でスパイの検挙が行われたのに、同じ百人町にある歯科医院の捜索が、僕が住宅街で大騒ぎした直後の06年まで行われなかったことがより自然になります。

以上でおわかりいただけたでしょうか。


5月28日の記事の下のほうに
「僕の特徴をそのまま北朝鮮のスパイの特徴として、そしてその話に信憑性を持たせるためになんらかの方法で韓国国家情報院ホームページといわれるサイトに載せさせ、それを日本のサイトで紹介したものです。」
と書きましたが、これでそのことを裏付けることができました。日本の公安警察と、韓国の国家情報院は裏で結びついています。その原因が僕とA氏のスパイ事件でっち上げということです。そしてその結びつきの延長で、あの僕の特徴をそのままスパイの特徴として情報院のホームページに載せることが出来たのです。
2008 06/10 20:45:34 | 人権侵害 | Comment(0)
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