あまり知られていない長野県の南信州、木曽南部のご紹介をします。
kousatuba.jpg昨日の柚子を見て道なりに歩いて来ますと、小さな交差点に出ます。左側に写真のような立て札が立っています。下條村のすごいところは、今も江戸時代から使っていた高札場を使っている等、必要なものは古いものでも活用している点です。この写真の横に掲示板がちゃんとありました。お知らせが書かれていて、機能していました。
2005 11/19 07:20:37 | none | Comment(0)
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yuzu.jpg神社から帰りに左側に柚子がいっぱい見られます。下條村は柚子の取れるところで道の駅には柚子料理がおいてあります。のんびり美しい黄色の柚子を眺めて暫しぼんやりするのも忙しい日々を忘れるのには良いのではないかと思います。柚子料理は大変難しいとのことですので、お帰りに買って帰られご家族で楽しまれたら如何でしょうか。
2005 11/18 09:20:16 | none | Comment(0)
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nenokamijinjyanoki1.jpg

昨日の万葉集の歌碑を下って行きますと右手に古いお宮があります。大木が立っていたり、写真のような老木がありますのですぐ判ります。これらの木の説明は、年に何回かある銘木巨樹を見る会に参加されると説明を聞くことができます。この付近には地元に住んでいる人でも知らなかったと言う木がありますので、今後メールマガジンを発行しましたら、開催情報をお知らせしますからぜひそういう機会をご利用して頂きたいと思います。
2005 11/17 06:38:41 | none | Comment(0)
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mauyounouta2.jpg昨日ご紹介した万葉集の歌ですが、歌碑が作られました。この地の人はゆったりした時間の流れと、古いものを大変大事にしていてます。かといって、代議士を3人も輩出するなど、けして古いものだけに執着すると言うことはないのです。
2005 11/16 05:00:37 | none | Comment(0)
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masugata.jpg下條村教育委員会の資料をそのまま掲載します。

菅野荒野/菅野(すがの)は下條七野七原の一つで、平安時代信濃の歌枕になった「菅野荒野」の名残りの地である。千曲川の真砂、地名考、鎮西家文書がそれを伝えている。この地は、気候温暖で椿、桜の老木が一斉に開花し彩る。土地の産土神である子ノ神社は大国主命を祀り、
万葉集

「信濃なる菅野荒野にほととぎす鳴く声聞けば時すぎにけり」

の他源師直、鎌倉右大臣、加茂真渕の古歌八首を伝える。

この地域一帯を菅野というらしいのですが、12日の拡大地図で菅野と書いてある方向へは、車で行ってもいいのですが、お天気が良ければ徒歩でのんびり歩いていかれた方が良いと思います。城下であったため枡形の跡もあります。
2005 11/15 08:12:35 | none | Comment(0)
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yosiokajyouzumen.jpgいろいろのホームページを探してみたのですが、城郭に関するページを見つけ出すことができませんでしたので、私が写した2枚の写真をパノラマ加工したものをご紹介します。3脚なしで撮っているので、すっきりしていませんが、おおよその所はわかっていただけると思います。後方を、険しい山々で守り(少し下條村の役場主催のツアーで歩いたのですが、ほんとに険しいです)、サイドは川に囲まれ、これもまた険しい傾斜です。前方は天竜川、強固な要塞だったと思います。下條氏関係のホームページサーフィンをして見ますと、遠く平谷地方まで傘下に治めていたと言うことです。最後の代の康長という人は、家康から特別な扱いを受けて、家康の一字をもらい康長と名乗ったほどでしたが、いろいろのことがあって、最後は滅亡してしまいました。12代目だったそうですが、一つの家系をあらゆる状況に対処して乗り切り維持すると言うのは大変なことであろうということが偲ばれます。

インターネット内でも沢山のページがありましたが、もう一つご紹介します。より詳しくお知りになりたい方は、下記ホームページ、更に詳しくお知りになりたい方は、下條村や飯田市図書館に連休や、定年後は長期滞在、年金生活をこちらで過ごして頂き、地元の歴史研究者の方のお話をお聞きして調べて頂きたいと思います。

家紋ワールドの播磨屋さんの下條氏説明ページへ(リンクのご了解は頂きました)
2005 11/14 10:16:28 | none | Comment(0)
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yosiokajyousisetumei.jpg写真は読みずらいので申し訳ありませんが、何とか読める程度ですので、歴史の好きなお方はお読みください。なお、ほぼこの資料に沿って書かれたホームページがありましたので、ご紹介します。
12代に渡る家柄ですが、この資料を見るかぎりのほほんと続いてきたわけではなく、内部分裂による殺し合いあり、だまされて殺されたり、現在の極めて平和で穏健な下條村からは考えられない歴史があって現在があると言うこと、その他、家中を治める上で大切なこと等教えてくれているような気がします。やはり歴史を学び、現在を考え、未来を考えると言うことは大切なことであると思いました。大鹿村ご紹介しましたことを思い出しました。

著者のご了解を得てご紹介します。
写真の文面を、資料として載せているホームページ

大鹿村ご紹介で思い出したページへ

愛知県からの旅行にこの地方の季節情報追加しました
2005 11/13 07:42:34 | none | Comment(0)
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simojyoumap4.jpg阿弥陀如来像を拝観した後、車に戻り、南下します。大きな吉岡城北大橋と言う橋を渡った所に信号がありますので、そこを右折れします。地図のように上って行きますと、3差路に出ますのでここを右折れして国道151号線の上に掛かっている橋を渡り公園駐車場に付きます。ここが、下條氏の第6代から12代まで続いた城跡だと言うことです。5代目までは下條村の後ご説明する、隣の町「阿南町」の古城(ふるじょう)と言う所に城を構えていたと言うことです。この下條氏については、この後ご説明します。
愛知県からの旅行一部更新しました。

2005 11/12 06:24:26 | none | Comment(0)
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butzou.jpg

下條村の資料によりますと、南信州では数少ない藤原期の仏像で、専門家により準国宝級の仏像とのこと。県宝に指定されています。室町時代初期から戦国時代末期にかけて、この地の豪族としてこの地方を治めた下條氏が帰依したことから堂の造営はそれ以前ということで、由緒ある仏像ですが、開僧者、または開基者は不明とのことです。左右には三十三観音が祭られています。

愛知県からの旅行一部更新しました。
2005 11/11 05:43:24 | none | Comment(0)
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amidanyoraikanban.jpg神明社を見られた後、車に戻り、国道151号線を南下します。もしその前にガソリン給油をしていなかった場合、途中に11月4日掲載地図の47番、コスモ石油イタクニ下條店がありますので、ここで満タンにして南下しますと右手に「ショッピングヒサワ」、「東山」と言う看板がありますので、ここでどちらかに車を止め何がしかの物をお買いになり、阿弥陀如来像を拝観させて頂きたいので少し駐車さて欲しいとお願いし、徒歩で国道に沿って下って行きますと写真のような看板がたっています。写真に写っている小路を登り右折れし進みますとT字路に突き当たりますので、左方上方向に小さな普通の家があり、この中に阿弥陀如来様が祭られています。中に入るには、すぐ下の家に行き阿弥陀様を拝観したいので空けて頂きたい旨お願いし開けて貰ってください。


一昨日の「日本人の民族性」について頂いたコメントに更に詳細のご説明を頂きました。正(攻める)と負(守る)の性格という点から書かれています。面白くためになりました。これからのリーダーは両方を兼ね備えなくてはならず大変ですね。

頂いたコメントページへ
2005 11/10 06:13:55 | none | Comment(0)
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