あまり知られていない長野県の南信州、木曽南部のご紹介をします。
oina.jpg逆さ銀杏を見た後、更に上がっていきますと右手に写真の看板が見えます。右折れしてここで一休みされるといいと思います。コヒー、時間によっては食事、ここの山菜をたっぷり使ったお天ぷら蕎麦は何回行っても飽きません。当たり前のことですが、天ぷらは油を使いますから、少量でも長くお腹が持ちます。お休みの日などはご家族連れの人が多く、和やかな雰囲気です。眼前にはパラグライダー場が広がり雄大な景色をお楽しみいただけます。
2005 09/20 11:29:27 | none | Comment(0)
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宣伝のため同じ内容で18のブログを作っていますが、ある方から
「大鹿村って、山に塩が出ていて、それを鹿が舐めにくるんですよね。」と言うお問い合わせを頂き、早速大鹿村のろくべん館様に問い合わせを入れましたところ、大鹿村の地名の由来と、鹿がなめているものについてのご返事を頂きましたのでご紹介します。

ろくべん館管理者様からのご返事
大鹿村は、大河原村と鹿塩村が明治時代に合併して、大鹿村となりました。
塩が出るのは鹿塩の方です。

塩といっても、岩塩の鉱脈があるのではなく、塩水が湧き出しています。
鹿塩には塩のつく地名が多く、塩畑、塩川、満塩、小塩、大塩、孫塩などがあり、そ
の付近の湧水からは塩分が検出されます。
最も濃度の高いのは、やはり鹿塩鉱泉として宿の作られている付近の塩泉のようで
す。

また鹿塩の地名の由来ですが、伝説としていろいろと残っています。
一つは建御名方命が塩水を発見し、鹿狩りをされた後、その塩水で鹿肉を調理したの
で、『鹿塩』という地名がついたという説があります。
(この説からは、諏訪族との関わりが古くからあったのではないかということが考え
られています。)
その他にも、弘法大師によって発見されたという説、それから傷を負った鹿が塩泉に
浸かっているのを見て、村人がその水を沸かすようになったという話などがありま
す。

そこに鹿が舐めにくるというのはあまり聞きませんが、大鹿の中でよく鹿が舐めてい
るのは、剥き出しになった崖の土です。
中央構造線博物館の学芸員の話では、構造線の露頭によく舐めにくるそうで、何を舐
めているかというと、粘土だそうです。
しかも堆積してできた粘土ではなく、断層粘土とのこと。
よくわかりませんが、その中に含まれるミネラル分を摂取するためなのでしょう。
堆積粘土と断層粘土では含有する物質が違うようです。
ちなみに学芸員も舐めてみたところ、あまり塩分は感じられなかったようです。
以上です

ご返事ありがとうございました。
私も何かの本で、鹿が岩塩をなめると言う話を読んだことがあり、てっきり大鹿村の鹿だと思っていました。お問い合わせを頂いたおかげで私も正確なことを知ることができました。お二人様ありがとうございました。
2005 09/19 04:36:20 | none | Comment(0)
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entuuden.jpg昨日の逆さ銀杏のあるお堂は旧所名跡には載っていないのですが美しいお堂で、昔はこの辺に沢山の人が住んでいたのかこれだけの物を建てた人たちの気魄と言いますか、宗教に対する信念に驚きました。歌舞伎場も最大時確か13あったという話で、それに神社と大変なお金がかかったことと思います。南信州をあちらこちら回っていますが、一山村でこれだけの建物があるところは珍しいです。
2005 09/18 05:17:24 | none | Comment(0)
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entuuden.jpg昨日の逆さ銀杏のあるお堂は旧所名跡には載っていないのですが美しいお堂で、昔はこの辺に沢山の人が住んでいたのかこれだけの物を建てた人たちの気魄と言いますか、宗教に対する信念に驚きました。歌舞伎場も最大時確か13あったという話で、それに神社と大変なお金がかかったことと思います。南信州をあちらこちら回っていますが、一山村でこれだけの建物があるところは珍しいです。
2005 09/18 05:17:24 | none | Comment(0)
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sakasaityou.jpg説明看板によりますと、昔弘法大師が諸国行脚の時この地を通り、杖をさして立ち去った。この木が大きくなったと伝えられているそうです。写真を見ていただくとお分かりいただけますが人と比べるとその大きさが分かって頂けると思います。この写真は昨年末飯田市の勉強会で撮影した物です。冬に近い時期でしたので葉が落ちていて樹形がはっきり分かります。火災・落雷等の災禍にあい、根本の部分が残っているのみですが、枝が下方にたれ下がり逆になっているように見えます。

かざこしサイト ブログHP少し前進しました。
2005 09/17 05:59:01 | none | Comment(0)
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昨日に続きろくべん館管理者様から、梨花の舞の由来について一報を頂きましたのでご紹介します。

梨花の舞の由来
さて、梨花の舞ですが、これは右馬ノ允の女将さんである前島重子さんが、創作され
たものとのことです。
彼女はもともとダンスをやっていた方だと思いますが、日舞もやられるようです。
最初、この梨花の祭が始まった頃は、前島さんが自ら踊っていたそうですが、何年か
経ってから他の方にバトンタッチしました。

とのことでした。ありがとうございました。

右馬ノ允は(うまのじょう)と読むそうです。江戸時代の官役名だそうですがいろいろの古文書が残っていてそれらを基にした勉強会もありました。行ったことがないのでインターネットで調べましたら、女将さんの投稿記事がありましたのでご紹介します。「大鹿村 前島」で検索しますといっぱい情報があります。時間の許す方は一読頂ければ幸いです。妻は勉強会で会ったそうですが非常に感じの良い方だったとのことです。ぜひ彼女の創作した梨花の舞を来年は見に行きたくなりました。

前島重子さんの一文


旅舎 右馬ノ允ご案内、上から3番目にあります。


宿泊した人の日記もありました。真ん中辺です。
2005 09/16 08:04:21 | none | Comment(0)
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asiharakabuki.jpg昨日ご紹介した葦原神社の道を隔てた所に葦原神社歌舞伎舞台があります。この舞台がこの山奥のひっそりとした所にあるのにびっくりしました。ここは、7年に一回の御柱祭の折りに上演されるのだそうです。私は歌舞伎に詳しくないので良く分かりませんが、有名なのか全国の歌舞伎場、演劇場リストに載っていました。またこの資料で知ったのですが、先にご紹介した大磧神社とこの他に野々宮神社、市場神社と4つが今も残っています。本当に大鹿村の人たちは歌舞伎が好きだったのだと思います。その流れをついで今でも盛大に村を上げて引き継いでいます。小さい頃にこういったことに触れていたら私も楽しみが増え、より充実した人生の終盤を生きられたのになあと残念です。このつたないブログをお読み頂いている皆さんに子供さんがいられるようでしたら、是非小さい時が大事ですので連れてきて見せてあげてください。

芝居小屋リンク集へ

かざこしサイトブログのホームページ作り始めました
2005 09/14 08:26:15 | none | Comment(0)
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asiharajinnja.jpg夜泣き他を見ましたら次は谷を隔てた鹿塩地区に向かいます。車に戻りそのまま前進しますと長い下り坂があり、小さな其を渡りますと国道152号線に出ます。葦原神社に向かいますが、いくつかの行き方があり、小型乗用車で、運転に自信のある方は地図の赤線の行き方で大丈夫です。大きめの車とかマイクロバスですと遠回りになりますが青い線に沿って上られた方が無難です。赤い線の道は、対向車が来た場合避けあいしなければなりませんので危険です。青い線の場合は距離としては長めになりますが、私達の行った時に小鹿を見ました。カメラを取り辛い位置に置いたため出そうとしているうちに小鹿はどこかに行ってしまいました。ですからカメラは常に取り出せる位置においておく事が大事です。分かりずらいかもしれませんが、この時は近所に居る人に聞きますと親切に教えてくれます。

大鹿・役場産業建設課様作成地図
2005 09/13 10:04:23 | none | Comment(0)
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もうひとつ感心したのは、炭焼き小屋とミツバチの巣の近くに、自作の焼肉ハウスがあることです。全部手作りで、柱は取替え後の電柱をどうせ捨てる物だからと貰い受け加工して使ったとのことでした。このハウスで、親戚の人や村の人と桜を見ながら宴会をするそうで楽しいとのことでした。何から何まで感心することしきりでした。
2005 09/12 05:49:13 | none | Comment(0)
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mitubati.jpg先のお家では炭を焼き野菜は自家栽培、肉は山で取れたイノシシの肉(これは私の想像ですが)もう一つ忘れていましたが、蜂蜜も自分で作っているとのことでした。器用であればほとんど自分で何から何まで作り余裕のある生活ができます。私は器用でなく、こまめに動く方ではないので無理ですが、がむしゃらに定年まで働いて老後はこういうところで悠々自適に生活してみたいと思う人は多いと思います。もしこのブログを見ていただいている方でご自分もこんな余生を送りたいなと思われた方は、ぜひ若い時から南信州に足を運ばれ、あちらこちらを見て回ってください。ブログを作り初めて5ヶ月たちましたが、まだ3つの村しかご紹介できていません。いままでの十倍以上ご紹介しますので、ぜひ数回来て頂ければ誇張した宣伝でないことが分かって頂けると思います。
2005 09/11 08:29:28 | none | Comment(0)
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