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彼は絶えず――断罪せよ――といふ内部の告発の声に悩まされ続けてゐたらしい。 彼が何か行動を起こさうとすると必ず内部で呟く者がゐる。 ――断罪せよ!!
彼は己の存在自体に懐疑的であった、といふよりも、自己の存在を自殺以外の方法でこの世から葬り去る事ばかり考へてゐたやうであった。 ――両親の死を看取ったなら即座にこの世を去らう。それが私の唯一の贖罪の方法だ……
彼には主体なる者の存在がそもそも許せなかったらしい。彼をさうさせた原因はしかし判然としなかった。彼は埴谷雄高が名付けた奇妙な病気――黙狂――を患ってゐたのは間違ひない。 彼はいつも無言、つまり『黙狂者』であった。 ――俺は…… といって彼は不意に黙り込んでしまふ。 しかし、彼は学生時代が終わらうとしてゐた或る日、忽然と猛烈に語り始め積極的に行動し始めたのであった。彼を忽然とさう変へた原因もまた判然としなかったのである。
彼は大学を卒業すると二十四時間休む間のないことで学生の間で有名だったある会社に自ら進んで就職したのである。
風の噂によると彼は猛然と二十四時間休むことなく働き続けたらしい。しかし、当然の結果、彼は心身ともに病に罹ってしまったらしいのである。その後某精神病院に入院してゐるらしいのであった。
――自同律の不快どころの話ではないな。『断罪せよ』と私の内部で何時も告発する者がゐるが、かうなると自同律の嫌悪、故に吾は自同律の破壊を試みたが……、人間は何て羸弱な生き物なのか……唯病気になっただけではないか、くっ。自己が自己破壊を試みた挙句、唯病気になっただけ……へっ、可笑しなもんだ。だがしかし、俺も死に至る病にやっと罹れたぜ、へっ。両親も昨年相次いで亡くなったからもう自己弾劾を実行出来るな…… 彼の死は何とも奇妙な死であったらしい。にやりと突然笑い出した途端に息を引取ったらしいのである。 ――断罪せよ、お前をだ。其の存在自体が既に罪なのだ……
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