|
私が何故Televisionを殆ど見ず、街中を歩く時伏目になるのかを君はご存知の筈だが……私には他人の死相が見えてしまふのだ。街中で恋人と一緒に何やら話してゐて快濶に哄笑してゐる若人に死相が見える……体の不自由なご主人と歓談しながらにこにこと微笑み車椅子を押してゐるそのご婦人に死相が見える……Televisionで笑顔を見せてゐるTalentに死相が見える等々、君にも想像は付く筈だがこの瞬間の何とも名状し難い気分……これは如何ともし難いのだ。それが嫌で私はTelevisionを見ず、伏目で歩くのだ。
そんな私が馥郁たる仄かな香りに誘はれて大学構内の欅を見た時、その木蔭のBenchで雪が何かの本を読んでゐるのを目にしたのが私が雪を初めて見た瞬間だった。
その一瞥の瞬間、私は雪が過去に男に嬲られ陵辱されたその場面が私の脳裡を掠めたのである。そんなことは今まで無かったことであったが雪を見た瞬間だけそんな不思議なことが起こったのである。
その時から私は雪が欅の木の下に座ってゐないかとその欅の前を通る度に雪を探すやうになったのである。
君もさうだったと思ふが、私は大学時代、深夜、黙考するか本を読み漁るか、または真夜中の街を逍遥したりしては朝になってから眠りに就き夕刻近くに目覚めるといふ自堕落な日々を送ってゐたが、君とその仲間に会ふために夕刻に大学にはほぼ毎日通ふといふ今思ふと不思議な日々を過ごしてゐた訳だ。
話は前後するが、今は攝願(せつぐわん)といふ名の尼僧になってゐる雪の男子禁制の修行期間は疾うに終はってゐる筈だから、雪、否、攝願さんに私の死を必ず伝へてくれ給へ。これは私の君への遺言だ。お願ひする。多分、攝願さんは私の死を聞いて歓喜と哀切の入り混じった何とも言へない涙を流してくれる筈だから……
さうさう、それに君の愛犬「てつ」こと「哲学者」が死んださうだな。さぞや大往生だったのだらう。君は知ってゐるかもしれないが、私は「てつ」に一度会ってゐるのだ。君の母親が
――家(うち)にとんでもなく利口な犬がゐるから一度見に来て
と、私の今は亡き母親に何か事ある毎に言ってゐたのを私が聞いて私は「てつ」を見に君の家に或る日の夕刻訪ねたのだが、生憎、君はその日に限って不在で君の母親の案内で「てつ」に会ったのだよ。
「てつ」は凄かった……。夕日の茜色に染まった夕空の元、「てつ」の柴赤色の毛が黄金色(こがねいろ)に輝き、辺りは荘厳な雰囲気に覆われてゐた。その瞬間、私にとって「てつ」は「弥勒」になったのさ。私を見ても「てつ」こと「弥勒」は警戒しないので君の母親は私と「弥勒」の二人きりにしてくれた。それはそれは有難かった。暫く「弥勒」の美しさに見蕩れてゐると「弥勒」が突然、私に
――うぁぁお〜んわぅわぅあぅ
と、何か私に一言話し掛けたのである。私にはそれが『諸行無常』と聞こえてしまったのだ。
今でもあの神々しい「弥勒」の荘厳な美しさが瞼の裏に焼き付いてゐる……。あの世で「弥勒」に会へるのが楽しみさ……。
さて、話を雪のことに戻さう。
或る初夏の夕刻、君と一緒にあの欅の前を歩いてゐると雪がBenchに座っていつものやうに何かの本を呼んでゐた。
(以降に続く)
|