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――鎮静剤か……。
成程、雪の言ふ通り《死に至る病》に魅入られた私には《生》に帰属する為に一方で煙草といふ《毒》を喫んで《死》を心行くまで満喫する振りをしながらも私の内部に眠ってゐる臆病者の《私》を無理矢理にでも揺り起こし、煙草を喫む度に《死》へと一歩近づくと思ふ事で《私》が今生きてゐるといふ実感に直結してしまふこの倒錯した或る種の快感――これは自分でも苦笑するしかない私の悪癖なのだ――が途端に不快に変はるその瞬間の虚を衝いて、私は一瞬にして《死》に臆する《私》に変容するのかもしれない。さうして《死》を止揚して遮二無二《生》にしがみつく臆病者の《私》は煙草を喫むといふ事に対する悲哀をも煙草の煙と共に喫み込み、内心で
――くっくっくっ。
と苦笑しながらこの《死》をこよなく愛しながらも《生》にしがみつく臆病者の《私》をせせら笑ひ侮蔑することで《生》に留まる《私》を許し、やっとの事で私はその《私》を許容してゐるのかもしれないのだ。
――鎮静剤……。
これは多分、私が《私》を受け入れる為の不愉快極まりない《苦痛》を鎮静する《麻酔薬》なのだ。《死》へ近づきつつ《死》を意識しながら、やっとの事で《生》を実感できるこの既に全身が《麻痺》してしまってゐる馬鹿者である私には自虐が快楽なのかもしれない。ふっ、自身を蔑み罵ることでしか《吾》を発見出来ない私って、ねえ、君、或る種、能天気な馬鹿者で
――勝手にしろ!
と面罵したくなるどう仕様もない生き物だろ。へっへっへっ。何しろ私の究極の目標は自意識の壊死、つまりは《私》の徹底的なる破壊、それに尽きるのさ。そこで
――甘ったれるな! ちゃんと生きてもいないくせに!
といふ君の罵倒が聞こえるが……、そこでだ、君に質問するよ。
――ちゃんと生きるってどういふ事だい?
後々解ると思ふが私は普通の会社員の一生分の《労働》は既に働いたぜ。ふっ、その所為で今は死を待つのみの身に堕してしまったが……。それでもちゃんと生きるといふ事は解らず仕舞ひだ。そもそも私には他の生物を食料として殺戮し、それを喰らひながら生を保つだけの《価値》があったのだらうか。私の結論を先に言ふとその《価値》は徹頭徹尾私には無いといふことに尽きるね。
――人身御供。
私の望みは私が生きる為に絶命し私に喰はれた生き物たち全てに対しての生贄としての人身御供なのかもしれないと今感じてゐるよ。
ねえ、君。君は胸を張って
――俺はちゃんと生きてゐる!
と言へるかい? もしも
――俺はちゃんと生きてゐる!
と、胸を張って言へる能天気な御仁が此の世に存在してゐるならば、その御仁に会ってみたいものだ。そして、その御仁に
――大馬鹿者が!
と罵倒する権利がある人生を私は送ったつもりだが……、これは虚しいことだね、君。もう止すよ。
――ふう〜う。
と、また私は煙草を喫み煙を吐き出しながら、何とも悲哀に満ちた《生》を謳歌するのであった。
――ふう〜う。
(以降に続く)
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