それは不意を突く地震であった。一歩踏みださうと右足を上げた途端、あれっと思ひも掛けず左足が何かに掬われたかと思ふと、私は途端にBalanceを崩し不格好に右足を咄嗟に地に着け踏んばるしかなかったのである。
――ゆさゆさ、ぐらぐら。
辺りは暫く地震の為すがままに揺す振られ続けてゐたが、私は己の無様さに
――ぷふいっ。
と嘲笑交じりの哄笑を思はず上げてしまったのである。
――何たる様か!
暫くするとその地震も治まり辺りはしい〜んと夕闇と共に静寂(しじま)の中に没したのであった。
其処は私の普段の逍遥の道筋で或る信仰を集めてゐた巌の前であった。ぐらぐらとその巌も私と共に揺す振られたのである。地震の瞬間は鳥達が一斉に木々から飛び立ったがその喧噪も嘘のやうに今は静かであった。
――ぷぷぷぷぷふぃ。
何かがその刹那に咳(しはぷ)くやうに哄笑を上げた。
――ぷぷぷぷぷふぃ。
私は怪訝に思ひながらも眼前にどっしりと地に鎮座するその苔の生えたごつごつとしかし多少丸みを帯びた巌を凝視したのであった。
――ぷぷぷぷぷふぃ。
間違ひない。眼前の巌が哄笑してゐたのであった。
――ぷぷぷぷぷふぃ。《吾》揺す振られし。ぷぷぷぷふい。
どうやらその巌は自身が揺れた事にうれしさの余り哄笑してゐるらしかった。
――何がそんなにうれしいのか?
と、私は胸奥でその巌に向って呟くと
――《吾》、《吾》の《存在》を実感す。
と私の胸奥で呟く者がゐた。
――何! 《存在》だと!
――さう。《存在》だ。《吾》、《吾》から食み出しし。ぷぷぷぷぷふい。
――《吾》から食み出す?
――さう。何千年もじっと不動のままに一所に居続ける馬鹿らしさをお前は解らないのだ。《吾》には既に《希望》は無し。《風化》といふ《吾》の《滅亡》を堪える馬鹿らしさをお前は解らぬ。
――はっはっはっ。《吾》の《存在》だと! お前に《存在》の何が解るのだ!
――解らぬか。巌として此の世に《存在》させられた懊悩を! 《吾》風化し《滅亡》した後、土塊に《変容》した《吾》の《屍》から、ぷふい、《何》か《生物》、ぷふい、自在に《動ける》《生物》が誕生せし哀しみをお前は未位永劫解る筈がない。この高々百年の《生き物》めが!
辺りは今も深い深い静寂に包まれてゐた。
――何千年、何億年《存在》し続ける懊悩! 嗚呼、《吾》もまた《何か》に即座に《変容》したく候。此の世は《諸行無常》ではないのか? 《吾》もまた《吾》以外の何かに変容したく候。
――ぶはっはっはっは。《吾》以外の何かだと! 馬鹿が! 《吾》知らずもの《吾》以外に《変容》したところで、またその底無しの懊悩が待ってるだけさ。汝自身を知れ。
――嗚呼、《吾》また底無しの自問自答の懊悩に飛び込む。嗚呼……。
辺りは闇の中に没してそれこそ底無しの静寂の中に抛り出されてしまった……。