――まあ、その自滅に関しては後で話すとして、先の最強の生き物が此の世の全生物を喰らって鏖殺するといふはのは、笑ひ話にこそなれ、真剣に取り上げる程の《もの》ぢゃないな。
――何故に?
――何故も何もなからう。その最強の生物は毒でも発してもこの世に数多ゐる微生物すらをも鏖殺するとでもいふのかね?
――ふっ、人工的に生み出された最強の生き物が仮に微生物だとしたならばどうかね?
――例へば此の人類はInfluenza Virus(インフルエンザ・ウイルス)のちょっとした変異にすらびくびくしてゐるだらう?
――ふむ。
――しかし、Virusは人体といふ宿主の中で爆発的に増殖しても、その宿主たる人間が死ねば、Virusもまた死ぬといふ、つまり、Virusは自滅する事を現代で最もよく具現化した《存在》の一Model(モデル)と思へるがね。
――すると、此の世の王は微生物といふ事かね?
――さうでないとすると外に何が考へられるのかね?
――昆虫!
――昆虫もVirusには勝ち目はないぜ。
――へっ、それ以前にVirusは微生物ではないではないか!
――しかし、virusもこの世に《存在》する《もの》の一つだらう。
――下らぬ。これまた、下らぬ議論に終始する外ないぜ。
――別に下らなくても構はぬではないかね?
――しかし、極論を言っちまへば、無機物に有機物は敵はないのは火を見るより明らかだらう。
――それぢゃ、一つ訊くが、無機物といふ《存在》は、例へばBlack hole(ブラックホール)の《存在》に対して勝ち目はあるかね?
――一気に宇宙の話かね? ちゃんちゃら可笑しい!
――土台、此の世の最強の生物などと言ったところで、その最強の生物について語り出した刹那、どうあっても《存在》の存在論的な問ひへと向かはずして、何が語れるといふのかね?
――つまり、《存在》と《無》と《無限》の問題なのだらうが、ちぇっ。
――さうさ、ふっふっふっふっ。それを一言でいへば《特異点》の問題に帰す。
――またぞろ《特異点》か……。ちぇっ、そもそも《特異点》とは何なのだ!
――へっ、それは今まで散散話して来ただらう。《存在》には少なくとも《特異点》を担ふ事は不可能なのは自明の理の筈だか、それでも《存在》は《特異点》を内包せねば、《無》と《無限》の断崖を落ちる外ないといふ《存在》が「先験的」に付与されし《存在》の危ふさへと《存在》する《もの》は既に追ひ詰められてしまってゐる事が問題なのさ。
――それは危ふさかね? 《存在》が《特異点》を内包する義務など、そもそもありはしないし、それ以前に《存在》が《特異点》を担ふ必要なぞこれっぼっちもないのぢゃないかね?
――ふっふっふっ。その通りさ。しかし、お前はお前の《存在》を「《吾》然り!」と全的に肯定できるかい?
――へっ、それは先にも言ったが、否だ。
――さう、《存在》が己の《存在》を全的に肯定出来ないであれば、《存在》を問ふのに《特異点》の問題は避けられぬ宿命なのさ。
――宿命?
――さう。《存在》の宿命なのさ、《特異点》の問題は。
――それに《無》と《無限》の問題も必然的にくっ付いてくる、違ふかね?
――さうさ。そんな事は先に話してきた筈だがね。ふっ、やはり、堂堂巡りが最も思惟に似合ふ思考法なのか、ちぇっ、へん、所詮また、堂堂巡りぢゃないか!
――それで構はぬではないか。土台、《存在》はそれ自体が渦を巻く《もの》だぜ。ふっふっふっ。
(七十八の篇終はり)
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