思索に耽る苦行の軌跡

――ふっ、しかしだ、この頭蓋内といふ闇たる五蘊場は、脳といふ構造をしてゐるとして、その脳が己の内部をすうっと通り抜けるそのぞっとする皮膚感覚みたいな《もの》が、脳にさへある筈だがね。それに加えへて、この頭蓋内の闇たる五蘊場は気配には余りにも敏感すぎるぢゃないか。





――へっ、それはお前だけの事だらう? 





――馬鹿が! お前こそその己の頭蓋内をすうっと通り抜けたぞわぞわっとする感覚をいの一番に感じた筈だぜ。





――ふむ。





――ちぇっ、「ふむ」だと! 己を震撼させたその気配をお前は出来るならばなかった事として揉み消したいだけだ。つまり、お前はお前から、《零》も《∞》も奇蹟的に併せ呑む特異点たるお前のその悍ましき《異形の吾》から目を背けたいだけぢゃないのかね? くっくっくっくっ。





――しかし、それで構はぬのではないかね? 





――ちぇっ、それではお前がお前自身の《存在》に、有無も言はずに堪へられる道理がなからうが! 





――ふっふっふっふっ。その証拠がお前の《存在》か、ちぇっ。





 と、私がさう言ふと再び《そいつ》はぎろりと此方を睨み付けては、





――くっくっくっくっ。





 と、何ともいやらしい嗤ひを発するのであった。





――お前に俺が見えてしまふ不思議な事態に対してもお前は慌てふためく己を只管己から隠し果せたいだけなのさ。





――それで? 





――そして、お前は己の所在無さにたじろいでゐる。





――それで? 





――そして、お前は己が果たして、此の《零》と《∞》の間を揺れ動くそのこれ以上ない大揺れする《吾》を認識しちまって、ふっ、お前自身が何を隠さう一番動揺してゐる。





――それで? 





――そして、お前は卒倒する寸前さ。





――ふっふっふっふっ。俺はそんなに軟ではないぜ。ちゃんと、己が《零》と《∞》を併せ呑む外ない特異点としてしか此の世での《存在》が、へっ、それを譬へれば《神》の摂理に従ってゐるに過ぎぬとすれば、《吾》が特異点以外で此の世に《存在》することは、《神》の摂理によって決して許されぬ事ぐらゐ端から「先験的」に若しくは生きるべき《本能》として既に知っちまってゐる。





――そして、諦念もだらう。





――さうさ。その諦念こそ此の世に《存在》するべく定められた《もの》が必ず獲得せねばならぬ《生》の為の生きる術さ。





――しかし、それでは、《存在》は《存在》自身を《存在》の傍観者として、へっ、つまり、《存在》といふ《もの》を《存在》はしてゐるが、唯の生きる屍として《存在》は傍観する《もの》としてしか此の世に《存在》出来ぬのではないかね? 





――何故に? 





――諦念とは裏を返せば《吾》を恰も《他》の如く、此処が味噌なのだが、《吾》から仮象の距離を無理矢理にでも設定して、《吾》を《他》として扱ふ事で、《吾》に降りかかる火の粉でも払ふやうにして、この《吾》に否応なく降りかかって来る現実といふ得体の知れぬ《もの》をやり過ごす、つまり、それは、詰まる所、徹底的に受動的な《生》を《生》だと無理強ひする哀しい生き方の事だらうが! 





――しかし、殆どの《吾》たる《主体》はさうやって生き延びてゐるのが現実だらう? 





――すると、お前はその現実とやらを受け入れ、つまり、受容するのだな。





――ふむ。ちぇっ、其処が大問題なのさ。《吾》は絶えず《吾》たらむと強要され、現実は時時刻刻と移り変はり行く、この有為とやらが曲者なのさ。





――つまり、《主体》なんぞ抛って、有為は《主体》の《存在》にお構ひなしに転変するからだらう。





――さう。現実といふ有為は転変する事を金輪際已める事はなく、しかし、それでも《吾》は《吾》たらむと《神》の摂理がさう命ずる。





――へっ、それは《神》の摂理かね? 何でも《神》の所為にすれば《主体》が生き延びられるなんぞ考へるのもおこがましいのだがね。 簡単に言っちまへば《吾》は《吾》が可愛くって仕方がない。だからその可愛い可愛い《吾》たる《主体》は、《死》すまで出来得れば無傷のままの《吾》として《生》を終へたいといふ何たる自己陶酔の極み! 





(十一の篇終はり)









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2010 08/23 06:45:14 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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