いろんな見解があるとは思いますが。個人的にはこれまで放置してきた、国会の怠慢だと考えます。やり直しは難しいとは思いますがこれを機に、いい方向に選挙制度が変わることを祈ります。しかし、民主党政権だけはもうごめんですが
産経新聞 4月9日(火)15時28分配信
昨年12月の衆院選をめぐり、全国の高裁・支部で審理された16件の一票の格差訴訟はすべての1審判決が言い渡され、実に14件で「違憲」が宣告された。残る2件は「違憲状態」。「合憲」判断に至ってはゼロである。
争点は2つ。最大2・43倍だった一票の格差は、憲法が保障する「法の下の平等」を侵すか。侵しているのなら、是正義務を負う国会が放置した期間は許容できる範囲内か、否か。裁判は知財高裁を除く全国の全14高裁・支部に提起されたが、12高裁・支部が違憲宣告したのだ。司法がここまで激しく国会の喉元にレッドカードを突き付けた光景は、正直、記憶にない。
「圧巻というべきか」と元判事の弁護士は言う。司法はこれまで国会、行政の裁量権を侵さぬように抑制的で、違憲訴訟や行政訴訟の判決は保守的だった。これが都合よく解釈され、国会の振る舞いにはややもすれば司法軽視が漂った。それに慣れた法曹界の人々にとっても、今回の違憲判決ラッシュは衝撃的だったようだ。
なかでも特筆すべき判決は広島高裁と同高裁岡山支部。一票の格差訴訟で初の「選挙無効(やり直し)判決」を宣告したのである。
◆事情判決どう乗り越えた
選挙制度が違憲と判決したなら、「その選挙は無効、やり直せ」と命令するのが司法の論理的帰結であるはず。が、そうは簡単にいかなかった。
無効とすれば、その間に成立した法律・制度の効力が消滅し、国民生活に著しい混乱が予測される。このため最高裁(大法廷、裁判長は村上朝一(ともかず)長官=当時)は昭和51年、「制度は違憲だが選挙は無効としない」というウルトラCを編み出す。「事情判決の法理」と呼ばれる考え方である。「違憲判決と現実を折り合わせるギリギリの知恵だった」(元判事)とも評価される。
ただ、事情判決の実質は警告にすぎない。以降、最高裁は一票の格差訴訟で1件の違憲、5件の違憲状態判決を出したが、いずれも選挙は有効とした。国会に警告は効かず、司法は延々と事情判決を出し続けた。37年間も。
その事情判決を採用せず、選挙無効を宣言した広島高裁と岡山支部判決には、「国会との腐れ縁を断ち切った歴史的判決」など高い評価が目立つ。多くの判事たちが苦悶(くもん)し、越えられなかった事情判決の「高い壁」。広島高裁と岡山支部の裁判体はこれを理論的にどう乗り越えたのだろうか。
両判決とも判断のポイントと手法は似ている。無効としない場合の弊害の大きさ▽対象選挙区の議員が失職のまま区割りを見直さなければならないなど、憲法が未想定の事態の深刻さ▽その他事情−を総合させ、考えている。
広島高裁の筏津(いかだつ)順子裁判長は「前回の最高裁判決以降、投票価値の平等の要求に反する状態が悪化の一途」「最高裁の違憲審査権も軽視されており、もはや憲法上許されるべきではない」ことなどを事情判決を採用しない理由に挙げた。一方、「直ちに無効とすれば小選挙区の議員が存在しない状態になる」ことを重視して、判決の効力は一定期間後に生じさせる「将来効」の概念を導入。時間差を生じさせて混乱回避の担保を設定する−との方法で、無効宣告を実現させた。
◆手順判示が不可欠だ
これに対し、岡山支部の片野悟好(のりよし)裁判長の判決はもっとストレートだ。
訴訟対象選挙区の議員が無効宣告で失職し、いなくなる不利益を「長期にわたり投票価値の平等に反する状態を容認する弊害に比べて政治的混乱が大きいとはいえない」と一蹴、広島高裁のような「猶予」を設けず「即時無効」と、いっそう踏み込んだ判決を出した。「(格差是正せず衆院選を実施したのは)国会の怠慢であり、司法の判断に対する甚だしい軽視」と、より厳しい表現での批判も述べた。
だが、筏津・片野両判決とも画期的とはいえ、内容に目を向ければ非現実的で、違和感を禁じ得ない。
現行の公職選挙法には選挙無効のやり直し規定がない。このため選挙を即時無効にし、やり直せというのであれば、判決には一定の手順を示す責任が生じるはずである。選挙のやり直しは訴訟対象の選挙区のみか、それとも全体なのか、学説ですら解釈が分かれる核心部分だが、片野判決は何も語っていない。「選挙区画定審が改定作業を始めてから1年」を猶予期間とし、片野判決よりも現実的だと評価される筏津判決にしても、「1年」の根拠や必然性を示していない。説得力が乏しく、肝心な部分で判決にリアリティーが欠けているのだ。
このままでは無効判決が確定したとしても次の作業に進めず、混乱は深まるばかりだ。こうした非現実的な判決を支持することはできない。
被告・選管の上告を受け、最高裁は統一判断を示す。無効判断をそのまま維持する可能性は低いだろうが、最高裁は判示を踏み込み、混乱を最小とする選挙やり直し手順をできるだけ具体的に示してほしい。そうした知見と準備が蓄積されてこそ、初めて無効判決は説得力を持ち、国会の怠慢に対する伝家の宝刀となり得る。
蛇足ながら、筏津・片野両判決とも「司法軽視」と国会を批判しているが、これを違憲や事情判決不採用の理由に絡めるべきではない。真に判断すべきは「国民の権利が阻害されているかどうか」の一点であって、裁判所のメンツが潰されたことに怒るかの如(ごと)き感情的な言及は慎んだほうがいい。
いずれにせよ、司法が転回期にあることは間違いない。下級審の挑戦的判決を、最高裁はより現実的に、公益に合致する内容にしてもらいたい。
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