|
いくら夏で日の暮れるのが遅いとはいえ8時になるとすでに暗い。 クタクタになりながら階段を登り4階にある自分の部屋にたどり着いた。 いつものように部屋の明かりをつけ、カバンをおろそうとした。 「うわっ!!」俺は悲鳴を上げた。
部屋の中央に老婆が正座をして座っていたのだ。 小柄な老婆で和服を着ている。だが明らかに見覚えがあった。 それは30年前に死んだ祖母だった。
思い当たる節はあった。子供の頃散々”くそばばあ”だの”飯がマズイ”だのひどいことをいっぱい言った覚えがある。 間違いなく復讐に現れたと思った。 50年以上生きているがそれまで幽霊など見たこともない。いることさえ疑っていたのに…。
呆然とする俺に対し祖母はぼっそりと言った。 「ヨシコがひどい…」 はあ?ヨシコとは多分、恐らく死んだ母の事だろう? 母と祖母は実の親子である。 「母ちゃんと喧嘩して出てきたのか?」と俺は聞いた。 それには一切答えず「じゃあな」と一言残し消えた。
何のために化けて出てきたのかさっぱり分からなかったが、途中で話を切り上げバックレるのは昔からいつもの祖母の行動であった。 取り敢えず俺は死後の世界があることに何か安堵の気持ちを覚えていた。 それがいけなかったのかもしれない。
翌日、やはり同じ頃部屋に帰り明かりをつけたのだが。 「うわっ!!!」俺は又、悲鳴を上げた。 今度は白髪で坊主頭の老人が座って頭を掻いていた。 「しまったねえ…。」 この老人も間違いなく見覚えがあった。死んだ祖父である。 祖父はいつも小さな事でも弱ったとクヨクヨと頭を掻いて悩む癖があった。 あの頃のままだった。 「何がしまったんだ?」俺は聞いた。 その話は長くなるので要約すると、あの世で祖母と母が喧嘩して、あんまり現世に現れてはいけないのに祖母が何も考えずに化けて出てしまった事らしい。 なら出てくんなよ!と言いたかったのだが、何でも現世で出た場所は一度出ると出やすくなるものらしい。 全く迷惑な話だ。 話の解決もないまま言いたいことを話すと祖父は消えた。
2日連続の衝撃サプライズだったが、明日の仕事もあるため俺は何も考えず寝ることにした。 その夜の深夜の事である。
うわあ!!!幽霊が暗闇の中で俺の顔を見つめていた。 と同時にドッタン!バッタン!部屋中に物音が鳴り響く。幽霊は存在は薄いのだが伴う物音は異常に響く。 親戚のじいさん、ばあさんと祖父母の死人が4人も現れやがった。 話し合いを始めている。いい加減にしてくれと思った。 「幽霊の話し合いなら富士山の山頂か阿蘇の火口ででもやれ!」と俺は叫んだ。 「ひどいこと言うね。そんな所に出たらお祓いされちゃうじゃないか。」 ってそうなの? 何が議題なのか?これも話すと長い為、要約すると。 死んで30年経つのに墓参りにもこない親戚夫婦にバチでも当ててやろうかと話していた祖母に対し、今も母の悪口を言っている隣のオヤジの方が先だと言ったらしい。 一緒にすることは出来ないの?と聞くとあの世にはあの世の倫理があって簡単にはできないらしい。 まあしょっちゅうバチがあたれば大変だろうが。
「あ!それからね。あの世の人が見え始めるとこれからどんどん見え始めるよ。」ってゲッ!そんな能力いらないのだが。 「まああの世はこの世の延長だから、心配ないよ」…らしい。
まあ知った顔ばかりなので、勝手にしてくれといった感じで自分は寝てしまった。
朝起きると何もなかったように皆消えていた。あの世に帰ったのかな?
その夜帰ると、部屋の鍵を開ける前から奥が騒がしい。家主のいない部屋で幽霊たちは何を騒いでいるのだろう? 俺は部屋を開けた。 唖然とした。10人ぐらいの幽霊が宴会をして酒を飲んでいた。 俺の机やパソコンは隅っこに片付けられ、カラーボックスを倒し、ちゃぶ台にして料理まで並んでいる。 案の定、俺のマイボトルも開けられ、冷蔵庫の中にあった食材をほぼ使いきっていた。 やがてふ〜っとよく知らないおじさんが鯛の尾頭付を持って現れた。「新鮮な魚、刺し身にするがお前も食うか?」 あの世から持ってきた鯛が新鮮な気はしないのだが、っておいおいうちの狭いシンクで鱗を剥がすつもりか? バシャバシャいいながら鯛を捌き始める。もうすきにして!俺は諦めることにした。
祖父の持ってきた焼酎霧島の白を飲みながら酔っ払ってきた幽霊たち。 俺は聞いた。「あの世ってどこにあるの?」 「あの世はどこなんだろうな、死んですぐは親戚のおじさん3人が迎えに来てくれて連れて行かれたんだが。」と親戚のおじさん。 「えらく遠くだったな、どこまでも続くトンネルみたいだった、宇宙の向こうなのかな、よく分かんねえな」 って今いるところだろと突っ込みたかったのだが、話しっぷりからして隣駅の裏山とか海外の南の島とかそんな3次元な感覚ではないようだ。 「でもよく出てこれるよね?」と聞くと。 「出てくるのは簡単だよ。出たいと念じれば出れるところだと出れる、出れない場所もたくさんある。」 「ところで何で宴会してるんだ?」と聞いた。 「お前の母ちゃんとばあさんが仲直りしたのとお前にバチをあてることに決定したから」と爺さん。
へえっ?何だそれ!。 「お前、散々やりたいことやって離婚はするし借金は作るし、我慢してサラリーマンしてたら間違いなく地位も名誉もお金も家族もあったのに、忍耐力がないもんだから全部棒に振っちまった。」 「だからバチをあてることにした。」 全くおっしゃる通りで反論の余地もないのだが。一体どうしようと? 「子孫の中でも稀なぐらい幸運や出会いに恵まれながらそれを無駄にしてきた家系随一のバチあたり者なのだが、只、その分ひどい目にもあっている。」 「おまけにバチがあたりすぎて日常の出来事くらいに思っていやがる。」 「それでバチをあてるのはやめた。時間の無駄だ。」 そこで出来の悪いお前にあの世の存在を教えてやることにした。 その時は、よく言っている意味が分からなかったのだが、その後俺の運命を変えていく。
それから連日連夜、幽霊たちの宴会が続いた。俺のアパートは2間しかないのだが、この幽霊たちに1部屋は占領された。 毎日、見ていると全く怖くもなくなってくる。一度、すごい形相で現れた親戚のおじさんには腰を抜かしたが、驚かすためのイタズラだったみたいで大笑いされた。 色々興味のあることもあったので聞いたりもした。 「人を殺したり悪い事をした人ってどうなるの?」 「一概には言えないな。死んですぐひどい目にあう奴もいるらしいし、何か復讐したくても会えない人もいるらしい。」 「地獄もあるかもしれないし、ひょっとしたら天国みたいなところもあるのかもしれない。」 「言えることは死んだ時の考えや状況ってのが深く関わっている気がするよ。」 「未練や心残りなんてない方が不思議なんだから、よっぽどでない限り私らと同じだと思うよ。」 イエスや釈迦とは会ったことあるの? 「ないな。いるらしいけど次元が違うと会えないって話もある。悟りを開いた人は生まれ変わる必要がないらしいが、生まれ変わったって人もいる。」 「まあ、情報的にはあの世もこの世と同じで眉唾ものだ。」
そう言えばこんなことも言っていた。 「お前のオヤジはクズだな。女房が死んでから飲み屋通いに始まり、昼間のカラオケには毎日、時間があればパチンコ、帰れば時代劇を見ながら酒呑んで、煙突のようにタバコを吸っている。 「遊びにしか興味のないガキがそのまま老人になっている。結構あった金ももう使い果たしそうだ、今度は家を担保に遊ぶ金作る気だぞ。」 「ほとんど分かっているよ。でもなんでバチをあてないの?」と俺。 「あいつ側の姉さん達が今でもアイツを可愛がっていて何かと今でも助けているんだ、あいつ末っ子だから。」 なるほど。それで胃潰瘍、心筋梗塞、糖尿病になっても酒タバコをガンガン呑み、なおも元気なんだな。と俺は思った。 「まあそれだけじゃなく一病息災でまめに病院に行って、元々臆病者だから注意しているのが大きいがな。」 「おまえの母ちゃんは生きてた頃から予想していたらしく、やっぱりなと言っているよ。」
そのうち、毎晩物音がうるさいと近所から苦情がでた。 独り者が夜中に何してるんだと気味悪がる声も上がった為、幽霊にその旨を伝えた。
「悪かったな、出やすいもんだからつい溜まっちまった。」 「じゃあな、元気でな。」 とあっさり消えてしまった。
その後出てくることはなく、何となく寂しい気にもなっていたのだが…。 一番会いたかった母親には会えなかった。
まあ そのうち俺も死んであっちに行くからその時でも話せばいいやと思っていた。
ある夜、TVを見ながらぼ〜っとしていたのだが。 突然、背後にワーワー泣きながら老人が現れた。 久しぶりの出現にビックリはしたのだが、何故泣いているのか聞いてみた。 「3ヶ月前に死んだばかりなのですか屋根裏に隠した骨董にまだ娘達が気づかないんです。古い家なので建て替えようとか言っているので、そのまま一緒に潰れてしまわないかと心配で。」 「なら娘さんのところに化けて出ればいいじゃないですか。」 「ダメなんです。チャンネルが合わないんです。」
チャンネルって何だ?つまりはこうらしい。どこでも出れる訳でなく、出れたとしても普通見えないらしい。見えたとしても言葉が聞き取れないらしい。 波長が合うか合わないかのようなものらしい。まあ、どこかしこ幽霊が出没すれば怖いだろうし。
「で、どうしろと?」 「娘に聞いたことを伝えて欲しいんです。」 老人の幽霊は細かに娘の住所、名前を教え消えていった。
初めてのことだった事もあり、俺は興味を持った。 本当なら凄いことだ。 俺は聞いた住所まで行ってみた。老人によれば住んでいるのは普通の一軒屋で借家らしい。そこで老人の住んでいた家を壊し、新しく家を購入する計画らしい。 小さい子の乗る三輪車が置いてある。子供がいるんならちょっと狭いかもなんて思いながら。
「こんにちは。私、谷口と言うものなんですが。」 はあ?出てきた女は、セールスマンにしてはラフなおじさんが何の用だろうって顔をしている。 事の経緯を話した。死んだお爺さんは、生前、骨董に興味があって買ったのだが本物かどうか自信がなく屋根裏に隠していたこと。 急だった為、死ぬ前に伝えられなかった事。壺と掛け軸だけで約1000万位使ってしまった事。家を壊す前に伝えたかったと。 死んだ経緯や時間や場所など間違いないのだが、相変わらず怪訝そうな女。 俺はだんだん頭にきた。善意で教えてやっているのに関わらず何だこの態度は!。 俺は一連の話を終え、「まあ信じる信じないは自由です。私の携帯番号、住所氏名をこの紙に書いておきます。どうぞ自由にして下さい。」とこのいけ好かない女と別れた。 なんといってもこちらには間違いないであろう確信があった。 少なくとも屋根裏に壺と掛け軸は絶対にあるのだから。
何日後かは覚えていないがTVを見ていたら、あの女が出ていた。 何でも骨董品を鑑定する番組らしい。 変な中国の壺みたいなものを持って出てきた。 ある雨の日、不思議なおじさんがやって来た。死んだお父さんが現れ、屋根裏の壺の事を伝えて欲しいと頼まれた為、来たとのこと。 もしやと思い屋根裏を探すとあ〜ビックリ、壺や掛け軸、皿などが出てきたとのこと。 ちょっと脚色されていたが、ほぼそのままである。 そして鑑定額がエンディングのロールに合わせ出てきた。一、十、百、千、万、十万、百万、千万…!!。 なんと3000万の値がついた。小躍りする女。
と!俺は背後に気配を感じた。 例の老人が又、泣きながら手を合わせている。 「有り難うございます。これで思い残すことはありません。やった〜、3000万だ!。」 そして消えた。 相変わらず男は馬鹿である、あの世に行っても持っていけないのに壺なんかの値段に喜ぶ。 TVを見ていると、女は言った、即売って家の購入資金にするんだと! それに不満でも、もう化けて出るなよジジイと俺は念じた。
それからしばらくしてあの女が栗やぶどうを手土産にやって来た。 3000万の代償としてはケチだなと思ったのとあの怪訝そうな顔をした女がニコニコしているのにもムカついた。 「私は見返りを期待してやっているのではありません。又、このような見返りを受け取るとあの世との繋がりが切れてしまいますから。」 といい加減な事を言い、追い返した。
これがいけなかった。 逆にこれが本物の霊能力者だと誤解される事になり、噂が広まってしまった。
「私の死んだ母にどうしても聞きたい事がある」だの「残した遺品の○○はどうしたらいいか」など聞きにくる人がいて、最初は人の良さそうな人だけ応じていたのだが。 というのが私が私の部屋でのみ、幽霊を呼ぶことが出来てしまったのだ。 答えは本人に聞くのでまず間違いはなかった。しかし、依頼者には幽霊の姿が見えないらしい。 隠し金庫の暗証番号だの、本当の父親の名前、隣のオヤジとできていただの本人しか知らないことをズバリ言い当てた。 しかし言いたくないことは幽霊も言いたくないらしく、言いたくないと言っているとそのまま伝えた。 幽霊達と俺には信頼関係や仲間意識が生まれていた。 俺の部屋は幽霊と現世の待合室のようになっていった。
基本的に敬虔な霊能力者とマスコミにまで紹介された俺は金品を要求する事は出来なくなってしまったのだが。 ところが、毎日訪れる幽霊の中にはうまい儲け話や投資話をもってくる者もおり、それなりに潤っている。 しかし とうとう唯一のあの世とのパイプであるこのボロアパートを離れることは出来なくなってしまったが。
|