今更ですが、私は学生会役員な訳です。
思い返せば軽い気持ちだったんですよ。誘われたから入ろうと。 しかし、入ってみたら周りは志の高い人間ばかりでして。 会長にせよ環境局長にせよ。
正直、私がこんな場に居て良いのか、考えてしまう訳ですね。 特に何も考えてないような私が居る意味があるのか、あるいは居場所があるのか。 もしかしたら邪魔だとか思われてたりしてね…
うーん、どうも最近悲観的に物事を捉える癖が… いけないとは思ってるんですがねぇ そういえば、友人に「厭世的だ」と評された訳ですが…
そんなことないですよ? ただちょっと人より過去を引きずって明日に悲観的で将来を絶望視してるだけですよ。
ここからは全然違う話ですが、 なんで赤の他人の自殺を止めようとするんでしょうか。別にその人が自殺を実行したとして実害があるわけではないのに。
それに、まさにその時に厭世的になってる人間に対して生きてることの素晴らしさを説いたところで意味が無いと思うのですよ。
そもそも、止める論拠は何処から現れるのでしょう。 まず、生きていたらいいことがあるというのはどういうところから出てるんでしょうか。というかそれを保証してくれるんですか。 それに、自殺の要因となったものを取り除く手伝いとかしてくれるんですか? …まぁ自殺を止めたら後はほったらかし、そんな感じな気がします。 それってなんか無責任じゃないですか?
…そこまで人に甘えるな?まぁ言ってることはもっともです。 もっともですから墓場まで悩みを持っていくんじゃないですか。
なんでそんなに甘い言葉で決意を揺さぶるんですか? それってポン引きの兄ちゃんとあんまり変わってないですよ。
…と言った所で私も多分止めるんでしょうけど。多分。 残念ながら人の心ってのは論理展開は出来んもんですしね。
…あー、別に酒とかが入ったわけでもないのに酔ってるような文章や。 あんまりよろしくないな。
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