2006年 09月 の記事 (1件)



百鬼丸



 眠った。
 ただ、眠り込んだ。
 夢は見たのだろうが、
 覚えちゃいない。
 久しいポンタールは、
 催眠効果も半端じゃない。

 遠い日、
 ドラッグにはまったことがある。
 きっかけは、
 ボンドからだった。
 中学三年の卒業を前にした、
 うらびれる黄昏どきだった。
 シンナー狂いで、
 歯までとけた友人が、
 叔父の命令で勉強部屋という名目の、
 六畳一間の安アパートに、
 従兄とふたり押し込められて間もない頃だった、
 紙袋を提げて遊びに来た。
 精気のない微笑みを浮かべながら友人は三〇枚入りの
 透明ビニール袋とチューブ入りの速乾ボンドを机に置いた。

 指に唾つけて、ビニール袋を三枚とりだし、
 友人は、シンナー臭い息を中に吹き込んでふくらませると、
 ねりねり、ボンドをなかに捻り出す。
 黄柿色の塊が異臭をふりまきながら袋の底にとぐろを巻く。
 右手で底を大事そうに持ち、
 左手で異臭を逃さぬように口をにぎる。
 吸う、
 胸いっぱいに、異臭を吸い込んで見せる、
 こうやるんや、と。

 大きな黒く古い柱時計が壁にかかっていた。
 秒をきざむ音さえも、
 確かめられるほどのうるささだった。
 私と従兄は教えられるままに、
 友人と同じように、
 異臭を体内に入れた。
 何も変わらない。
 既に友人の目はすわり、
 死んだ魚のようなまどろみに操られている。
 だが、
 なにも変化がおきなかった。

 あれ?と友人の横にひとりの女がいることに
 初めて気付いた。
 胸ぺちゃで、
 太ったチビの醜女だった。
 自意識を破壊された従兄がしゃにむに襲いかかる。
 薄い胸をわしづかみ、
 気持ちの悪いくちびるに唇を重ねて、吸う。
 友人がおんなの背にまわり、うなじにキスをした。
 従兄の片手は女の短いスカートの中をまさぐり、
 友人の片手は窮屈そうに女の尻をなでている。

 ニシダか?
 驚いた、女は私の同級生だった。
 こうちゃん元気やった?
 おかまのような低い声だが、
 そんなことされてて、
 どうしてそこまで普通なんだ?

 衣服を脱がされながら、
 女は、
 曼荼羅の中央にすわる
 大日如来のように、
 宇宙の心理を私たちに魅せた。

 時計を見る。
 そんなはずはないのに、
 そこまでわずか数秒しか経っていなかった。
 時計と裸の女、
 交互に見比べる。
 壁が時のうねりを波うち、
 女が時のうつりを遅らせた。

 中二のときに吸った大麻ほどではなかったが、
 こいつはかなり効く。
 自覚しはじめた頃に、
 私は意識を忘我の果てにとばせていた。

 高一の初めに受けた能力測定、
 担任が驚いていた。
 なにがあった?
 私の知能指数は、
 あの日からの数週間で、
 50も落ちていた。

 私のそれからの三十五年は、
 去勢された記憶のかけらを、
 拾い集める日々だったような気がしている。
 そう、
 未だに私は15の私に戻れていないのだろう。
 
 
2006 09/15 00:41:03 | none | Comment(0)
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