思索に耽る苦行の軌跡

――全存在は己が死すべき存在であることを知ってゐる……。



――それは人間の専売特許じゃないのかい? 



――否、全存在は己が死すべき存在であることを知ってゐる。



――だから子孫を残すのだらう。



――さうかもしれない。しかし、それ以前に全存在は己が死すべき存在だと知ってゐる。お前には存在のあのざわめきが聞こえないのか? 



――ざわめきだと! どうやらお前は幻聴が聞こえるやうだな、へっ。



――けっ、だからお前には何も解からぬのだ。全存在は「吾何ぞや」と呻き声を発しながら絶えず何かに変容することを渇望してゐるじゃないか! 



――何かに変容する? 



――さうさ。完全なる吾への変容さ。



――へっ、完全なる吾だと、こいつは可笑しいぜ。お前が言ふ完全なる吾が唯の一度でも此の世に存在した形跡はあるのかい? 



――神はどうかな? 



――ぷふぃ。神だと。神もまた神であることに我慢してゐるのじゃないかね。創造主としてものを創造してしまったことを後悔してやしないかい? 



――神が後悔する? 



――後悔してゐないとすれば、生物の、或ひは物質の多様性なんぞそもそも必要ないじゃないか! たった一人、完全なる吾なる存在を創造すればそれで神も創造物も満足なんじゃないのかい? それが出来てゐない以上、神もまた迷妄の中に迷ひ込んでしまってゐるのじゃないかね。



――創っても創っても完全なる吾たる存在物が出来ない神か……。



――そもそもお前は神を信じるかね? 



――ある意味では信じてゐる……。仏も同じだ……。



――さて、それはどうしてかね? 



――今もって科学では生体の何たるかを微塵も解からぬからだ。今もって科学は無機物から生物を創れぬからだ。



――……つまり……



――つまり、科学では神の撲滅は不可能だからさ。



――それは何故かね。



――つまり、科学は神の良き下僕でなければそれは既に科学ではない! 



――それは偏見ではないのか! 



――偏見でも構はぬ。しかし、科学はどうあっても神の忠実な下僕でなければ、それは最早科学なんぞではなく、未完成の吾の欲望の発露でしかない。



――それはまたどうして? 



――神が創った此の世が今もって承認出来ないからさ。



――此の世が承認出来ないことと科学とはそもそも関係ないのじゃないかい? 



――否! 科学が描き出す此の世の様相もまた承服出来ぬのだ。お前ははいはいと今現在科学が描き出し、また実現するこの文明社会を承認出来るのかね? 



――うむ。その判断は保留する……。今のところ何とも言ひかねるね。



と、不意に彼は其処で瞼を開け、眼前に拡がる闇を凝視するのであった。闇は黙して何も語らぬ。それ故に問ひを誘ふのであった。



(四の篇終はり)

2008 10/27 03:44:10 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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