思索に耽る苦行の軌跡

――さうだだと? 《己》が地獄の綽名だといふのか?  





――じゃあ、お前は《己》を何だと思ってゐたのだ? へっ、つまり、お前は《己》を何と名指すのだ? 





――そもそもだ、《己》が《己》であってはいけないないのか? 





――いや、そんな事はないがね、しかし、《己》は《己》と名指される事を最も嫌悪する《存在》じゃないかね? 





――ちぇっ。





――だから、《存在》する《もの》全てはこの地獄でざわめき呻吟せざるを得ないのさ。





――えっ、地獄での呻吟だと? 先程このざわめきは《己》が《己》を呑み込んだ《げっぷ》と言った筈だが、それがこのざわめきの正体ではないのかい? 





――その《げっぷ》が四方八方至る所で起こってゐるとしたならば、お前は何とする? 





――何とするも何もなからう。無駄な抵抗に過ぎぬ事は火を見るよりも明らかだがね……、唯、耳を塞ぐしかない。まあ、それはさておき、これは愚門に違ひないが、そもそも《己》は《己》を呑み込まなければ一時も《存在》出来ぬ《存在》なのかね? 





――さうさ。《己》は《己》になる為にも《己》を絶えず呑み込み続ける外ないのさ。





――それは詭弁ではないのか? 





――詭弁? 





――さうさ。《己》は《己》なんぞ呑み込まなくても《己》として既に《存在》してゐる……違ふかね? 





――つまり、お前は《存在》すれば即《己》といふ《意識》が《自然》に芽生えると考へてゐるといふことか……。





――さうだ。





――ふっ、よくそんな能天気な考へに縋れるね。ところで、お前はお前であることが《悦楽》なのかい? 





――《悦楽》? ははあ、成程、自同律のことだな。





――さう、自同律のことさ。詰まる所、お前は自同律を《悦楽》をもって自認出来るかね? 





――ふっ、自同律が不快とばかりは決められないんじゃないかね? 自同律が《悦楽》であってもいい筈だ。





――じゃあ、この耳障りこの上ないざわめきを何とする? 





――もしかすると地獄たる《己》といふ《存在》共が「吾、見つけたり。Eurika!」と快哉を上げてゐるのかもしれないぜ。





――ふはっはっはっ。冗談も大概にしろよ。





――冗談? 《己》が《己》であることがそんなにおかしなことなのかい? 





――《己》が《己》であることの哀しさをお前は知らないといふのか。《己》が《己》であることの底無しの哀しさを。





――馬鹿が――。知らない訳がなからうが。詰まる所お前は「俺」なのだからな、へっ。





――ならば尚更この耳障りこの上ないざわめきを何とする? 





――ふむ。ひと言で言へば、このざわめきから遁れることは未来永劫不可能だ。つまり、お前が此の世に存在する限り、そして、お前が彼の世へ行ってもこのざわめきから遁れられないのさ。





――へっ、だからこのざわめきを何とする? 





――ちぇっ、お手上げと言ってゐるだらう。率直に言って、この《存在》が《存在》してしまふ哀しさによるこの耳障り極まりないざわめきに対しては何にも出来やしないといふことさ。





――それじゃ、このざわめきを受け入れろと? 





――ふん、現にお前はお前であることを受け入れてゐるじゃないか! 仮令《存在》の《深淵》を覗き込んでゐようがな。





――くぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんんんん〜〜。





――ふっ、また何処ぞの《己》が《己》に対してHowlingを起こしてゐやがる。何処かで何ものかが《存在》の《げっぷ》をしたぜ、ちぇっ。





――ふむ。……いや……もしかするとこれは《げっぷ》じゃなくて《存在》の《溜息》じゃないのかね? 《存在》が《存在》してしまふことの哀しき《溜息》……。





――へっへっ、その両方さ。





――ちぇっ、随分、都合がいいんだな。それじゃ何でもありじゃないか? 





――《存在》を相手にしてゐるんだから何でもありは当たり前だろ。





――当たり前? 





――さう、当たり前だ。ところで一つ尋ねるが、これまで全宇宙史を通して《自存》した《存在》は出現したかい? 





――藪から棒に何だね、まあ良い。それは《自律》じゃなくて《自存》か? 





――さう、《自存》だ。つまり、この宇宙と全く無関係に《自存》した《存在》は全宇宙史を通して現はれたことがあるかね? 





――ふむ……無いに違ひないが……しかし……この宇宙は実のところそんな《存在》が出現することを秘かに渇望してゐるんじゃないのかな……。





――それがこの宇宙の剿滅を誘はうとも? 





――さうだ。この宇宙がそもそも剿滅を望んでゐる。





――何故さうむ思ふ? 





――何となくそんな気がするだけさ。





(三 終はり)





自著「夢幻空花なる思索の螺旋階段」(文芸社刊)も宜しくお願いします。詳細は下記URLを参照ください。
http://www.bungeisha.co.jp/bookinfo/detail/978-4-286-05367-7.jsp





にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 科学ブログへ
にほんブログ村 科学ブログ 物理学へ
ブログランキング・にほんブログ村へ
ブログランキング・にほんブログ村へ

2009 02/07 04:13:15 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
Powerd by バンコム ブログ バニー

この記事へのコメント

この記事にコメントする

名前:
メールアドレス:
URL:
セキュリティコード  
※セキュリティコードとは不正アクセスを防ぐためのものです。
画像を読み取り、入力して下さい。

コメント:
タグ挿入

サイズ
タグ一覧
Smile挿入 Smile一覧