思索に耽る苦行の軌跡

――ふっふっふっ、神は神であることに懊悩してゐると思ふかい? 





――勿論、神だって神であることに懊悩してゐる。神すらも《存在》からは遁れやしない! 





――すると、神もまた底無しの《存在》の《深淵》を覗き込んでゐると? 





――へっ、神は神なる故にその《深淵》の底の底の底に棲んでゐるのさ。





――はっはっはっはっ。





 それにしても《そいつ》の笑顔は悍(おぞ)ましい限りである。つまり、私といふ《存在》がそもそも悍ましいものであったのだ。





 《そいつ》は更にその鋭き眼光を光らせ私の瞼裡で私をぎろりと睨み付けるのであった。





――ならば、神は神なるが故に《永劫の懊悩》を背負ってゐるといふのか? 





――勿論さ。神たるもの《永劫の懊悩》を背負へなくて如何する? 





――つまり、神ならば《永劫の懊悩》を背負へ切れると? 





――へっ、背負ひ切れなくて如何する? 《永劫の懊悩》で滅ぶやうな神ならば《存在》しない方がまだましさ。





――つまり、神はその《存在自体》がそもそも《存在》に呪はれてゐると? 





――ああ、神は《存在》しちまったその時点で既に呪はれてゐるのさ、その《存在自体》にな。くっくっくっくっ。





 いやらしい嘲笑であった。《そいつ》は何といやらしい嗤ひ方をするのであらうか。





――つまりだ。神は自ら《存在》することで生じる《矛盾》を全て引き受けた上でも泰然として、そして《存在》の《象徴》として《自然》に君臨するのさ。





――自然に君臨するだと? 逆じゃないのか? 《自然》が神共に君臨するんじゃないのかね? 





――《自然》もまた神だとすると? 





――へっ、八百万の神か――。





――哀しい哉、人間は生(なま)の《自然》を憎悪してゐる。更に言へば、人間は《自然》を一時も目にしたくないのさ、本音のところでは。しかし、《現実》に絶えずその身を曝さざるを得ぬ。くっくっくっくっ。ざまあ見ろだ、ちぇっ。





 《そいつ》が舌打ちした時の顔といったら、それ以上に悍ましいものはないのである。虫唾が走ると言ったらよいのか、私は思はずぶるっと身震ひをせずにはゐられなかったのである。





――すると、《存在》とは常に《現実逃避》を望む《もの》だと、つまり、《存在》とは常に《現実》にその《存在》を脅かされ、へっ、そしてそれが《存在》を《変容》させる根本原因だといふのか? 





――さうさ。だから《存在》は全て《夢》を見る。





――神もまた《夢》を見ると? 





――ああ、勿論。





――《夢》を見ることが生理的な現象なのは勿論だが、それ以上に物理的な現象の一様相なのか? 





――当然だらう。





――つまり、《夢》を見ることでその前後の《夢見るもの》の、例へば質量は変化すると? 





――ああ、多分な。しかし、その変化はほんのほんのほんの僅かしか変化しない為に測定は不可能さ。人間が《光》を《物質》に還元する術を手にした時、初めて人間は《夢》の質量を測定出来る筈だ。





――《夢見る神》の《夢》の質量もかね? 





――その時点で《無限》を手懐けてゐれば、当然測定可能だ。





――やはり神の問題には《無限》は付いて回ざるを得ないのか――。





――ふん、《無限》に恋焦がれてゐるのに、これまた如何した? 





――本当のところ、《無限》を渇仰してゐるのに、いざ《無限》を前にすると、へっ、哀しい哉、《無限》に対して何やら不気味な何かを、多分、それは《不安》と名指されるべきものに違ひないが、その《不安》を感じて足が竦み慄いてしまふのさ。





――それは当然至極のことさ。《無限》を恐れ慄くのは《存在》にとっては《自然》なことだ。





――《自然》なこと? 





――ああ、《存在》は《自然》に《無限》の面影を見出してしまふ習性があるからな。





――つまり、《存在》は《自然》に絶えず追ひ詰められてゐると? 





――ああ、《存在》は《変容》することを《現実》といふ《自然》に強要されてゐる。





――《存在》の逃げ道は? 





――無い。





――へっ、これっぽっちも無いのかね? 





(三の篇終はり)







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2009 02/14 03:55:30 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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