―-ほほう。すると、《吾》の《存在》と世界の関係は如何様になったのかね?
―-相変はらず《吾》無くして世界無しの見方が根強いが、しかし、俺は《吾》無くしても世界は只管《存在》といふ立場だがね。
―-するとぢゃ、世界は絶えず《吾》の《存在》を待ち望んでゐるといふ事かな?
―-或るひはさうかもしれぬ。
―-さうかもしれぬね? ふほっほっほっほっ。
と、私の瞼裡の薄っぺらな闇にゐ続けるその夢魔は相好を崩して、さもありなむといった哄笑を上げるのであった。
――どうやらわしに対する憤怒は収まったやうだな。
――そんな事なぞ如何でもよい! それより、するとだ、世界は《吾》の《存在》を只管待ち望んでゐるとすると、世界に永劫に《吾》が出現しなければ、例へば世界は自滅するかね?
――ふほっほっほっほっほっ。世界もまた《存在》する以上、己の自同律の陥穽から遁れられぬのぢゃて。
――ならば、世界は世界自体が《存在》することで既に世界自体の事を《吾》と認識してゐると?
――違ふとでも?
――へっ、汎神論の如く何であれそれが《存在》しちまへば、其処に自意識が《自然》と宿るとでも思ってゐるのかね?
――ああ、さうぢゃ。
――さう? へっ、何を寝惚けた事を! ふはっはっはっはっはっ。すると、意識は《存在》が《存在》すると必ず宿るといふ事かね?
――さうだとしたならばぢゃ、お前はお前自身の《存在》と世界に《存在》する森羅万象の《存在》の関係を如何する?
――別に如何仕様もないがね。《吾》と世界の関係は、其処に意識が介在したとしても、《吾》は己と世界の事を認識した「現存在」として、つまり、世界=内=存在として此の世に屹立し、世界は世界でその《存在》が何であれ此の世に出現しちまへば、世界は何の文句も言はずにその《存在》を受け入れる筈だ。
――筈だ? ふほっほっほっほっほっ。お前は未だに己の《存在》に対して確たる確信が持てぬままかね?
――ああ、さうさ。己に対しても世界に対してもその《存在》に確信が持てぬのさ。
――それでもお前は此の世に《存在》してしまってゐる。それがそもそも気に食はぬのぢゃらう?
――だから如何したといふのか!
――それぢゃよ、それぢゃ、ふほっほっほっほっほっ。牙を剥きな、己に対しても世界に対してもぢゃ。
――牙を剥く?
――さうぢゃ。牙を剥くのぢゃ。
――しかし、牙を剥いたところで、その牙を剥いた相手は何食はぬ顔で《吾》の《存在》を無視し続けるぜ。
――当然ぢゃ。
――当然?
――当たり前ぢゃて。これまで此の世に《存在》した《もの》が牙を剥かなかったとでも思ってゐるのかね?
――すると、既に死滅した数多の《もの》達もやはり己と世界に対して牙を剥き、未だ此の世に出現せざる未知なる何かに変容すべく、牙を剥きながら《吾》といふ《存在》に忍従してゐたと?
――当然ぢゃ。此の世に《存在》した《もの》はそれが何であれ、絶えず未だ此の世に出現せざる何かに化けるべく、己に対しても世界若しくは宇宙に対しても牙を剥いて己の《存在》をじっと我慢する外ないのぢゃ。
――この宇宙自体も例外ではないと?
――ふほっほっほっほっほっ。当然ぢゃ。
――すると、お前は如何なのだ?
――ふほっほっほっほっほっ。わしとて例外ぢゃない! 当然、お前がわしをお前の夢世界に呼び出すことには腹を立ててゐるがね。しかし、これは言わずもがなだが、果たせる哉、わしがお前の夢の中に《存在》しちまふ事を、わしはじっと歯を食ひしばって堪へてゐるのぢゃ、ちぇっ、忌々しい!
(三の篇終はり)
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