――さて、《闇》は、光をも含めた森羅万象を呑み込み得るのか? どう思ふ?
――さてね。それより、何とも摑み処のない自問を私の頭蓋内の《闇》たる五蘊場にひょいっと抛り投げてみたところで、何の反響も無い事は端から解かってゐる癖に、然しながら、どうしてもさうせずにはゐられぬ《吾》は、そして、また、五蘊場に絶えず無意味な問ひを絶えず投げ続けずにはゐられぬ《吾》は、ゆっくりと瞼を閉ぢて、その瞼裡のペラペラな《闇》に《吾》なる面影を映さうと躍起である事は、何を隠さうそれは休む間も無く絶えず私に起きてゐる自問自答しながらの大いなる自嘲に過ぎぬとしたならば、へっ、《吾》もまた皮肉たっぷりの《存在》だといふ事だ。
――ふっふっ、《吾》において仮に《闇の夢》がそれ自体において瓦解したならば、《吾》はそれでも《吾》をして《吾》を《吾》と名指せるのだらうか?
と、既に私において《闇の夢》は《吾》を《吾》たらしめてゐる礎になり果せてゐるのもまた間違ひの無いことで、しかし、さうだとするとして、私はその頭蓋内の闇たる五蘊場へと直結する瞼裡の闇に映る《異形の吾》を仮象せずば、一時たりとも《吾》が《吾》である事はあり得ぬ程に、《吾》には「先験的」に《闇》を《吾》のうちに所持せず《生存》すら断念してしまふ羸弱な《存在》である事を自殺を例に出すまでも無く自明の事として、《吾》は《吾》の《存在》の所与の《もの》として《闇》が《存在》に組み込まれてをり、つまり、《闇》無くして《吾》は《存在》してゐないに違ひない《もの》なのは、間違ひのない事であった。
さうすると、《闇の夢》は私において、それはまさしく必然の《もの》に違ひなく、《闇の夢》こそが《吾》の確信、若しくは本質なのかもしれなかったのである。
――《吾》だと、ぶはっはっはっはっ。
しかし、私は夢の中で見てゐるその《闇の夢》がそもそも《闇の夢》であることから、それを或る種の幻燈と看做してゐるはずで、《闇の夢》が自在に変容するその《闇の夢》が映す《もの》に、私は嬉嬉として喜びの声も、私が《吾》を嗤ふ中で確かに上げてゐる筈なのであった。尤も私は、《闇の夢》が映し出す《もの》全てに《吾》との関係性を見出して、それ故に嬉嬉として喜んでゐるのであったが、しかし、例へば私が夢で見るその《闇の夢》が《吾》とは全く無関係な《もの》、つまり、今のところ此の世にその《存在》が知られてゐない、例へば先に言った様に《杳数》をObscurity numberと英訳してその頭文字を取って《杳数》をoとすると、その《杳数》の如き未だ発見されぬ未知なる《もの》が《存在》することで初めて《吾》と《闇の夢》の関係が曲芸の如く導き出されるとしたならば、困った事に、私にとって《闇の夢》は《吾》を侮蔑するのに最も相応しい代物だと言へ、《吾》と《闇の夢》が例へば《杳数》の《存在》を暗示するのであれば、私といふ《存在》は、やはり、私の手に負へぬ無と無限との関係と深い関係にある何かであった事は間違ひの無い事であった。
――《吾》だと、ぶはっはっはっはっ。
それは、つまり、《闇》=《吾》といふ至極単純な等式で表はされるに違ひない筈なのに、《闇》=《吾》と白紙の上にさう書いた刹那、その《闇》=《吾》といふ等式は既に嘘っぽくなり、更にそれをまぢまぢと眺めてゐると、
――そんな馬鹿な!
と、《闇》=《吾》は完全に否定される事になるのが落ちなのである。
さうすると、《杳数》はそれ自体「先験的」に時間と深く結びついた何かであるかも知れず、また、時間を或る連続体の如く扱ふ事自体に誤謬があり、さうすると、そもそも時間とは、渦動運動だと看做す場合、その渦動する時間はほんの一時、連続体として此の世にカルマン渦の如く《存在》するが、しかし、例へば、時間を数直線の如く扱ふ、つまり、時間が微分積分可能な《もの》として、換言すれば、時間が移ろふ《もの》としてのみ、その性質を無理矢理特化させてしまふと、その時点で時間は「先験的」に非連続的な何かへと相転移を遂げた、詰まる所、微分積分が相当の曲芸技無しには全く不可能な何かへとその様態を変幻自在に変へる化け物として、または、《存在》に襲ひ掛かって来る時間は、その《物の化》の如き本質を剥き出しにするに違ひ無いと思へるのであった。
(九の篇終はり)
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