思索に耽る苦行の軌跡

――ちぇっ、くどいやうだが、此の悪意若しくは慈悲に満ちた宇宙は、どんなに否定したところが、へっ、既に《存在》してゐる事はは認めざるを得ぬだらう? 





――だから哲人共を先頭に此の世の森羅万象は此の宇宙を、つまり、世界認識、へっ、それは精確無比な世界認識の方法を探究してゐるのと違ふかね? 





――つまり、その精確無比な世界認識法が未だ見つからぬ故に、《存在》は「先験的」に《存在》する此の宇宙若しくは世界を唾棄したくてうずうずしてゐるのか――。





――さうさ。此の世の森羅万象は、へっ、此の宇宙若しくは世界も含めて、あらゆる《もの》が此の世自体に翻弄され続けることにうんざりしてゐる。





――それは、うんざりではなく、びくびくするのを余儀なくされてゐる事に《存在》はそれが何であれ我慢がならぬ事なのさ。





――それで、《存在》はそれが何であれ全ての《もの》は此の宇宙若しくは世界に対してそれは抽象的であるかもしれぬが、自棄のやんぱちで此の宇宙若しくは世界を、へっ、認識してゐる、否、此の宇宙若しくは世界を秩序ある何かとして無理矢理にでも認識しようと意識を捩じ伏せてゐる。





――だが、可笑しな事に此の世の森羅万象はその己で認識してゐるその宇宙観若しくはその世界観に対して絶えず猜疑心の塊と化す。





――それは当然だらう。





――さう、むしろそれは《存在》する《もの》にとっては必然の事に違ひないのだが、しかし、ちぇっ――。





――しかし、何だね? 





――しかし、此の宇宙若しくは此の世界は確かに《存在》してゐる。





――だから、それがどうしたといふのかね? 





 と、其処で彼は、閉ぢられし瞼裡に移ろひ行く淡い淡い淡い乳白色の内発する微光群を何気なしに目をやっては、その淡い淡い淡い乳白色の微光群が、誰か、それはもしかかすると彼にとっては《神》の顔なのかもしれぬが、彼の閉ぢられし瞼裡に幽かに幽かに幽かに浮かび上がったその見知らぬ誰かの顔を凝視するのであった。





――ふっ、お前は《神》かね? 





――ふっふっふっふっ。どうしたといふのかね、突然に? 





――いや、何ね、この瞼裡の薄っぺらな闇を見てゐると飽きないからさ、つい《神》とか言ひ出したくなるのさ。





――さてね、そんな事よりも、此の宇宙の始まりが仮にBig bangだと仮定すると、その此の宇宙誕生時は何処も彼処も光、つまり、光のみが《存在》する闇無き世界だといふ事態になるが、さうすると、此の闇とは、仮に此の宇宙に《神》が《存在》するならば、《神》は光でなく、闇に近しい何かだらう? 





――お前もさう思ふかね、やはり……。





――当然だらう。





――しかし、生命体は、熱を帯びてゐること故に、それだけの理由で幽かに幽かに幽かに微光を放っているんだぜ。すると、《神》もまた発光する何か出会っていい筈だか……。





――何を今更当たり障りのない事を言ひ出すのかね? 《存在》がそれが何であれ、つまり、例えばそれを《神》だと看做すと、《神》は御親切にその《もの》に宿ってしまふ事を《存在》に強ひられる哀れな《存在》なんだぜ。





――《神》はやはり哀れか――。





――さうだらう。《神》の一つを代表してゐると看做せる基督は今もRosary(ロザリオ)となった磔刑像から解放されるどころか、今も尚基督は磔刑されたその痛痛しい姿を人前に曝してゐて、ちぇっ、今でも誰もその磔刑された基督を救へぬままではないか! 





――基督を救ふ? 





――さう。基督はどうあっても《神》であることから解放されねば、基督の死は犬死同然に帰してしまふといふ、《存在》に属するはずの人類は取り返しのつかぬ大罪を冒す愚劣な《存在》として、人類はその原罪を背負って生きる外ないのさ。





――だが、人類は既に自らの生存のために平気の平左で《他》を殺して喰らふ愚劣な《存在》ぢゃないのかね? 





――それはその通りだが、だからと言って基督を犬死させていいといふ法はない! 





(七儒四の篇終はり)







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2010 08/09 06:36:27 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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