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君も多分不思議に思ってゐるだらう。何故月の盈虚がこれ程生物の生死、また、地震の生起に深く関はってゐるのかを。人間で言へば新月と満月の日が出生する赤子と死に行く人間の数が他の日に比べて多いといふのは、私の思ふところ仄かな仄かな重力の差異が人間の運命を大きく左右する、つまり、仮に《運命次元》なるものが存在し、重力の仄かな仄かな差異がその《運命次元》を発生させまた消滅させる契機になってゐるとすると、物理学者は重力の謎を考へれば考へるほど迷路乃至は袋小路に入り込み、多分、生物の運命を左右し重力と相互作用する新たな粒子の存在を考へないと《世界》を説明出来ない筈のやうな気がするのだ。
――へっ、重力は此の世の謎のまま人類の滅亡まで其の謎解きは出来ない。何故ならば、重力に関して主体は観測者では有り得ないのだ。
等と私は時々内心で哄笑して見るのだが……。多分、重力は物理数学の域を超えた何やら占星術のやうな怪しげな、例へばその《値》を数式に表はすと数式を書いた本人の運命が左右されるといった超物理数学が出来なければ重力の謎は解けない気がする。
今のところアインシュタインがその道を開いた重力場の理論は主体とは無関係に研究が進んでゐる筈だが、また、人間は重力を簡単に一言で《重力》と片付けてゐるが、私が思ふに《重力》を構成するのは∞の量子若しくは次元に違ひない……。さうすると当然これまで主体は観測者といふ《特権的》な存在で《世界》乃至《宇宙》乃至《素粒子》を扱って来たが、こと重力に関しては主体はその観測者といふ《特権》を剥奪されて重力といふ物理現象に飲み込まれ、翻弄される、つまり、主体がモルモットのやうになる以外に重力の説明は不可能だと思ふのだ。
ねえ、君。それにしても月は不思議な存在だね。ブレイクもアイルランドの詩人、イェーツも月の盈虚を題材にOccult(オカルト)めいて幻想的な詩のやうな、思索書のやうなものを著はしてゐるが、月は人間を神秘に誘ふものなのかもしれないね。
多分、君も考へたことはあるだらう。もし月が存在してゐなかったならば生物史はどうなってゐたかを。まあ、それは人類が地球外の、例へば月や火星で生活するやうになれば重力乃至月がどれ程生物の生死に深く関はってゐるのか明らかになる筈だから……。
ねえ、君、私も多分満月の日に死ぬ筈だから左記の括弧に私の死亡した日時を記して送れ。お願いする。
(追記。此の手記の作者は某年某月某日の満月の夜が明けた午前十時四十分四十秒に態態死の直前女性の看護師を病室に呼びにやりと笑って死去する。)
さて、何とも名状し難い悲哀の籠もった不思議な微笑を私に返した雪に私は優しく微笑みかけて東の空に昇り行く満月を指差し雪と二人、暫くその場に立ち止まって仄かに黄色を帯びた優しくも神秘的な月光を投げ掛ける満月を見続けてゐたのであった。
――ねえ、月は生と死の懸け橋なのかしら……
と雪が呟いたので私は軽く頷き雪と私の二人並んだ月光による影に目をやった。雪もまた二人の影を見て
――何て神秘的なんでしょう、月光の影は……
とぽつりと呟いたのであった。と不意に再び私の視界の周縁に光雲が一つ旋回を始めたのであった。
(以降に続く)
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