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私は雪を銀杏の街路樹の下に誘ひPocketから煙草の箱を取り出して先づは雪に勧めたのであった。といふのも雪は「男」に陵辱されてから多分の煙草を喫むやうになったと信じて全く疑はなかったのである。実際、雪は私が差し出した国産煙草で最も強いのは頭がくらくらするからと言って自分の煙草を鞄から取り出して一本極々当然といった自然な仕種で銜へたのである。
君は自殺してしまったフォーク歌手、西岡恭蔵の「プカプカ」といふ名曲を知ってゐるかな。
1971(S.46)年、西岡恭蔵さんの自作自演曲だが
Creditは
象狂象 作詞/作曲 西岡恭蔵 唄 JASRAC作品コード072-1643-2
一 俺のあん娘(こ)は たばこが好きで
いつも プカプカプカ
身体(からだ)に悪いから 止(や)めなって言っても
いつも プカプカプカ
遠い空から 降ってくるっていう
幸せってやつが あたいにわかるまで
あたい たばこ 止めないわ
プカプカプカプカプカ
二 俺のあん娘(こ)は スウィングが好きで
いつも ドゥビドゥビドゥ
下手くそな歌は 止(や)めなって言っても
いつも ドゥビドゥビドゥ
あんたが あたいの どうでもいい歌を
涙流して わかってくれるまで
あたい 歌は 止めないわ
ドゥドゥビドゥビドゥビドゥ
三 俺のあん娘(こ)は おとこが好きで
いつも ムーーーーーー
俺のことなんか ほったらかして
いつも ムーーーーーー
あんたが あたいの 寝た男たちと
夜が 明けるまで お酒飲めるまで
あたい おとこ 止めないわ ムーーーーーーーー
四 俺のあん娘(こ)は 占いが好きで
トランプ スタスタスタ
よしなっていうのに おいらを占う
おいら あした死ぬそうな
あたいの 占いが ピタリと当たるまで
あんたと あたいの 死ねるときがわかるまで
あたい 占い 止めないわ トランプ
スタスタスタ
といふ歌詞なんだが私は雪の或る一面をこの「プカプカ」の女性に重ねてゐたのだ。想像するに難くないが、雪は普段は対人、特に「男」に対する無意識の恐怖心の所為で、例へば過呼吸等緊張の余り呼吸が乱れてゐる筈で、煙草の一服による深々とした呼吸が雪を一時でも弛緩し呼吸を調へるのだ。さうでなければ雪が純真無垢な微笑を浮かべられる筈はない。あの時期の雪にとって煙草は生きるのに不可欠なものだったのさ。
一方で私だが、私にとって煙草はソクラテスが毒杯を飲み干して理不尽な死刑を敢行した、或いは詩人のランボーの詩の中に「毒杯を呷る」といふやうな一節があった気がするが、私にとって煙草を喫むのは《生》を実感する為の毒なのだ。私には毒無しには一時も生きられない程、既にあの時から追い詰められてゐたのさ。《生きる屍》として何とか私が生きてゐたのは何を措いても煙草があったからなのさ。飯は食はずとも煙草さへ喫めればそれで満足だったのだ。今も病院で私は強い煙草を喫んでゐる。最早終末期の私には何も禁じる物なんかありはしない。へっ――。
(以降に続く)
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