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私個人の身に起こった或る出来事と相前後する数年間、我が家の屋根裏に先づ、多分、雄の蝙蝠が棲み付き、そして、翌年、雌の蝙蝠も棲み付き、それから数年間、私を見守るやうにその番の蝙蝠が屋根裏に棲み付いたのであった。その番は毎年、子を育み時折私の様子を窺ふ為にか私の部屋に何度も潜り込み暫く私と蝙蝠の追い駆けっこを愉しんだ後に私が素手でその、多分、雄の蝙蝠を捕まへるのを常としてゐた。
私の素手の中のその愛くるしい蝙蝠は思ひの外温かくビロードのやうなその毛並みがとても心地良く、また、素手の中でその蝙蝠は逃げやうとも、暴れることもなく、抛って置けばずうっと私の素手の中に居続けてゐたかのやうな具合で、私とその蝙蝠の番とは人知れぬ絆のやうなものが芽生えて行ったのであった。
例へば夕刻、燕と入れ替はるやうに田圃へ補虫しに行く時等は埴谷雄高著『死霊(しれい)』の登場人物である運河沿ひの屋根裏部屋に住む黒川健吉と蝙蝠の関係を思はずには居られないのであった。我が家の屋根裏に棲み付いた蝙蝠の番は「挨拶」はしなかったが、がさごそと屋根裏で物音を態と立てて捕食に飛び出して行くのであった。
――今日も餌を捕りに出掛けたか。
と、毎日その蝙蝠の番の動向を気に掛けながらの何とも愉しい日々が続いたのであった。そんな日々の中には蝙蝠の番の子育ての奮闘の日々も当然含まれてゐる。それは不思議なことであるが子が生まれたからといって屋根裏の物音は変はらないにも拘はらず《気配》で子が生まれ今乳を飲んでゐる等眼前でその様子を見てゐるが如く解ったのであった。今考へてもそれは摩訶不思議なことである。
さて、さうかうする内に私の身に運命を左右するほどの重大至極な出来事が起こったのである。その時期私は心身共に疲弊困憊の状態に陥ったが、蝙蝠は時々私の様子を窺ひ愉しませる為にか私の部屋に潜り込んでは私を元気付けてくれたのである。
そんな日々が数年続いた後、この地方では珍しく十二月に大雪が降った在る日のことであった。
真夜中にその雪明りの白黒の荘厳美麗な世界が見たくて南側の窓を開け一面の銀世界に目を遣ると蝙蝠の番が何やら求愛のDanceのやうな情熱的ながらも華麗で優美に飛翔し舞ってゐるのであった。それはそれは一面の銀世界に映えて美しいの一言であった。
その時、私はそれはこの天の川銀河と何億年後かには衝突する筈のアンドロメダ銀河の輪舞を見るやうな錯覚に陥ったのである。そのアンドロメダ銀河との衝突時には既に太陽系も人類も此の世から消滅してゐる筈だが、しかし、星々が爆発的に誕生するStar burst(スターバースト)で生まれた何処かの恒星の水の惑星で再び生命は誕生し、死滅した人類の外、此の世に存在した全生物の意思若しくは思念を受け継ぐ形で生命が新生する世界が出現する筈であらう等等想像しながら蝙蝠の番の美しい舞ひに見入ってゐたのである。
すると、その蝙蝠の番は互ひに旋回しながらゆるりと上昇し、不意に雪明りの闇夜の中に消えたのであった。それは私への別れの舞ひだったのである。
私はといふと蝙蝠の番が消えた闇夜の虚空を凝視するばかりであった……。
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