思索に耽る苦行の軌跡

無地の白紙の半紙に例へば下手糞だが墨と筆で「諸行無常」と書くとその場の時空間が墨色の「諸行無常」といふ字を核として一瞬にして凝結して行くのが感じられて仕方が無いのである。それは何やら空気中の水分が凝集して出来る雪の綺麗な六花晶を顕微鏡で見るやうであり、高々半紙といふ紙切れに墨書されたに過ぎない「諸行無常」といふ字が時空間を凝結させて私に対峙するが如くに不思議な存在感を醸し出し始めるのである。それを言霊と呼んで良いのかは解からないが、しかし、「諸行無常」と墨書される以前と以降では私の眼前の時空間は雲泥の差で、それは最早別の時空間と言っても良い程に不思議な異空間が出現するのである。



――Fractal(フラクタル)な時空間……。



彼方此方が「諸行無常」に蔽ひ尽くされてゐる……。かうなると最早私には如何ともし難く只管に墨書された「諸行無常」といふ字と対峙する《無心》の時間がゆるりと移ろひ始めるのである。そして、私の存在が墨書された字に飲み込まれて行く心地良さ……。私の頭蓋内の漆黒の闇黒には鬱勃と想念やら表象やらが現れては消えるといふその生滅を只管に繰り返し、私はそれに溺れるのである。



――揺られる、揺られる……。《吾》といふ存在が「諸行無常」といふ墨書に揺す振られる……。何といふ心地良さよ。嗚呼、《吾》が《吾》から食み出して行く……。



不意に私は別の真新しく真っ白な半紙を眼前に敷き、徐に「森羅万象」と息を止めて一気に墨書する。今度は時空間は「森羅万象」といふ墨書を核として一瞬に凝結する……。再び惑溺の始まりだ。



――溺れる、溺れる、《吾》はこの「森羅万象」といふ時空間に飲み込まれ溺れる……。



眼前の「森羅万象」と墨書された半紙は微塵も動かず、只管に「森羅万象」であることに泰然としてゐやがる。



――ふっ、《吾》この宇宙全体を《吾》として支へる《吾》に陶酔してゐるのかもしれない……。この「森羅万象」といふFractalな時空間は宇宙を唯「森羅万象」に凝結してしまひ、そして、彼方此方で時空間が言霊となって囁くのだ。【此の世は即ち『森羅万象』】と。それにしてもこの肉筆の文字と墨の持つ凄まじき力は何なのか? 嗚呼、《吾》お……ぼ……れ……る…………。





春の海終日のたりのたり哉           蕪村





















2008 01/14 04:40:03 | 哲学 文学 科学 宗教 | Comment(0)
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