*******つまり、峻険なる富の山を築いた、つまり、大富豪は、その富の山の途轍もない高さ故に、つまり、エベレストの頂上では生き物が生きられないやうに、つまり、大富豪もまた、つまり、富の山の頂上では、つまり、生きられないとは思はないかい?
――ふう〜う。
と、雪は煙草を一喫みしながら何やら思案に耽るのであった。
――……さうねえ……マチュピチュの遺跡のやうに……《生者》より輿に乗って祀られる木乃伊と化した《死者》の人数が多い……生死の顛倒した、それこそ宗教色の強いものに変化しないと……峻険なる富の山では人間は生きられないわね……。それにしてもあなたの考え方って面白いのね、うふっ。
*******つまり、するとだ、個人崇拝、つまり、それも死者に対する個人崇拝といふ化け物が、つまり、此の世に跋扈し始める。つまり、さうなると、気色の悪い赤の他人であるその死んだ者に対する個人崇拝が、つまり、人間が生来持つ宗教に対する尊崇の念と結びついて、つまり、巨大な富の山を築いた死んだ者への個人崇拝といふ気色の悪い尊崇が、つまり、峻険なる山型の階級社会を何世代にも亙って固着させ、つまり、貧乏人は末代までも貧乏人じゃないかい? つまり、例へば、キリストの磔刑像に平伏す基督者達は、その教会の教皇が絶大な権力と富とを保持してゐるのも畏れてゐる、つまり、象徴として一生貧乏だったキリストの磔刑像を教会内に安置してゐるが、つまり、しかしだ、基督者達を統べてゐるのは絶大な権力を今も保持してゐる教会であり、つまり、その頂点の教皇だといふことは、つまり、周知の事実だね。
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
その瞬間、私の視界から去らうとしない赤の他人の彼の人がゆらりと動き私を凝視するやうに真正面を向いた。そして、相も変はらずに
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ〜〜
と音ならざる声を瞑目しながら発し続けてゐた。
――不思議ねえ。ねえ、人間って倒錯したものを好んで崇拝する生き物なのかしら?
*******さうだね、つまり、貧富が顛倒したキリストに象徴されるやうに《欲望》が剥き出しのままでは、つまり、人間は認めたくないんじゃないのかな。つまり、そこに己の卑俗さが露はになるからね。つまり、そもそも人間は自己対峙が苦手な馬鹿な生き物なのは間違ひない……。しかし、つまり、己が卑俗であるが故に《高貴》なものを倒錯した形で崇拝せざるを得ない馬鹿な生き物が、つまり、人間かもしれない。
――何だかまるで建築家のガウディが重力を考慮して逆様にぶら下げた建築物の模型みたいね。
*******つまり、天地が倒錯したものこそ《自然》なのかもしれないね。つまり、所詮人間は重力からは逃れられない哀れな生き物に過ぎないからね。上方を向く垂直軸の不自然さに気付いたガウディは天地を顛倒し建築物を重力に《自然》な形でぶら下げてみた……。つまり……天地の逆転の中に或る真実が隠されてゐるのかもしれない……。つまり、人間はあらゆるものに対してそれが《剥き出し》のままだと自然と嫌悪するやうに創られてゐるのかもしれないね。
私は再び煙草を一本取り出しそれに火を点け一服したのであった。
―ふう〜う。
――木って不思議ねえ。
と、雪がぽつりと呟いた。
(以降に続く)