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「せんせい、」 普通は国語を教える教師に準備室、みたいなものは与えられないと思うのに、なぜだかこの学校にはこんな、無駄なものが。 「せんせい、」 本当は現国と古文と漢文の資料室としての部屋なはずで、実際入ってすぐの左右の壁には天井にとどく、本とかプリント類が群生するオープンラック、左のほうの隣にはデスクが並んで2つ。 そして資料室を資料室らしからぬ様にしている、奥に置かれた2人掛けのソファー。 「ねーってば、」 そのソファーに眠るのは、見た目は大学生のような、実年齢はわたしと10ちがうおとこのひと。 何度かの呼びかけに応じてようやくせんせいは目を覚まして、いまなんじ、寝起きの掠れた声を出すのでわたしは思わず胸がきゅんとなって、それを隠すために、よくこんな暑い部屋で眠れるね、と言った。 「窓、開けるよ」 「うん」 ぴっちりと閉められていた硝子窓を開いたら、名前のとおりに鳴く蝉たちの大合唱、しかも生温い風でさえ流れてこない。 「やっぱ閉めていい?」 「うん」 せんせいがからだを起こして座ったので空いたスペースにわたしも座ると、 「そうだ、」 立ち上がってせんせいはデスクのほうに歩いて、アイスがあるよ、と言った。 デスクの上のお菓子や空のペットボトルや漫画雑誌の山をどけると、なにかのコマーシャル・マーケティングで見た、キャンペーンで抽選何名様かに当たるらしいちいさな冷蔵庫があった。 まったくこのせんせいは、いったいどうやってこの部屋を自分のものにしてしまったのだろう。 ちいさな冷蔵庫からはみずいろの棒付きアイスが2つでてきて、せんせいは1つをわたしにくれた。 2人でソファに並んで、わたしは溶けないように急いで気をつけて食べていたのだけど、みずいろの滴がしろいセーラーの裾に落ちて、となりを見るともう食べおわったせんせいが仕方ないなぁ、みたいに笑って、わたしはなんとなく夏だなぁと思った。
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