聖教新聞「きょうの発心」から
 只須く汝仏にならんと思はば慢のはたほこをたをし忿りの杖をすてて偏に一乗に帰すべし(持妙法華問答抄、四六三ページ・編二一三ページ)
 *通解
 ただあなたが仏になろうと思うならば、慢心の幢(旗を上につけた鉾)を倒し、瞋りの杖を捨てて、ひとえに一乗の法華経に帰依すべきである。
1996年2月6日付
 成仏を目指すうえで、どこまでも求道の実践を貫いていくことの大切さを示された御文です。
 私は男子部時代、いつしか信心が惰性に流されてしまった時期がありました。活動からも遠ざかり、“何とかしなければ”と悩みながらも、殻を破れず、悶々とする日々。
 そんな時、この御文を拝し、心から反省。長い間、活動を続けるうちに、知らず知らず広布の第一線で戦う苦労や喜びを忘れ、その慢心から自身の人格の鍛錬を怠っていたことに気付いたのです。
 学会指導にも「人格は、激流のなかでこそ、つくられる。自らの力で、時代の激流の中へ、人間群の奔流の中へ飛び込み、抜き手を切って、立派に泳ぎ切っていく。その激しき行動の中で人格は練られる」とあります。
 発心した私は、再び第一線へ。友の輪の中に飛び込み、学会家族の温かさと歓喜に溢れた姿に触れ、充実感を心の底から実感。以来、何ごとも“常に現場へ”をモットーに今日まできました。
 先日も、ある功労者宅を訪問。その方は、「私はまだ七十五歳です。毎日、早起きして英語の勉強をしています」と語られていました。「永遠の挑戦」「永遠の向上」にこそ、仏法の精神が脈動する−−そのことを改めて教えられる思いでした。
 我が区も今、大座談会運動に意気盛んです。私自身、一人でも多くの友と真心の対話を重ねながら、人間共和の楽しい集いを推進していきます。(東京・武蔵野<区>副区長)

未来の本屋〜でじたる書房〜

2006 02/06 14:06:18 | きょうの発心
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