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”ほら、良い天気だね、暑くなるよ”
空を指さしながら、
真冬でもTシャツ姿の運転手が挨拶してくる。
”日陰は寒いですよ”
そう応えるのが習慣になった。
広島11月海田町、
あと数日で満月だ。
勤め始めてもう1年と4カ月。
無遅刻無欠勤だ。
月曜から金曜まで、
盆正月祭日
関係なく週の平日5日勤務する。
社員1600名の企業だ。
ここにはたくさんの奇人がいる。
たとえば髭顎蔵さん。
何とか勉強堂という複写用品を扱う下請け商店の店主。
ワゴンRを4台乗り継いでいる。
ワックスで固めたようなリーゼントに、
鬢から顎までたくわえた髭に白いものが混じっている。
”今日は暑いね”
そう言いながら敬礼してくる。
こちらも愛そう笑いを浮かべて敬礼する。
肩幅が広い。
若い頃はさぞヤンチャだっただろう。
犬そっくりやんさんは、大型トラックの運ちゃんだ。
横顔、とくに鼻から口あごにかけての稜線がとても人間とは思えない。
見上げるような座席からおりると借りてきた猫のように、
視線が下がりきょろきょろ辺りを警戒するように内またで歩く。
内またといえば、
内又男くん、嘘やろ!ってくらいの極端な内股で歩く。
下請け業者の営業マンだが、
よく社用車をぶつける。
内股は運転に支障を来すのだろうか。
品質管理部の検査場から、
ヤンキーねーちゃんが長い栗色の髪を風になびかせながら、
モンローウォークで会釈しながら通り過ぎる。
とても愛想がいい。
新入社員で、18歳。
最近の嗜好のトップ5に入っている。
帰り道信号待ちしているときに、
ヤンキーねーちゃんを見た。
その前を2歳くらいの歩みの覚束ない男の子がいた。
ねーちゃんは不安げに男の子を見守りながら
ゆっくりと横断歩道を渡っていった。
弟じゃないだろう、少し驚いた。
それ以来、無性に気になってしまう。
気になるといえば、
魔女がいた。
黒魔術の魔女なのだと同僚が真剣な顔で怯える。
なんでも彼女を叱った男性社員はほとんどが不慮の事故に遭うのだそうだ。
松葉杖くらいならマシなほうで、
命の危機に遭遇するのが普通なのだという。
死んだ人間が、だれとだれ、と、
同僚は姿を見るたびに顔色を変えた。
美貌である。
この企業一といっても言い過ぎじゃない。
40代半ばでこの美貌は考えられない、
その点では確かに「魔女」の域にある。
氷の微笑だ。
もう退社してしまったが、
彼女を見ることが入社そうそうの愉しみだった。
見ることは、
かならず相手に届き余韻を残す。
だから相手もかならず見返し余韻を残す。
余韻は距離なんか関わらずに絡み合うものだ。
絡み合うことは
たがいになにかを惹きあってゆく。
大型コピー室の鍵を貸し出す早朝、
興味がむせびながら
ふたりにふりかかる。
ここは広島11月海田町、
4畳半、Yの城。