あまり知られていない長野県の南信州、木曽南部のご紹介をします。
まずは、見にきていただきたいものを宣伝する必要があります。宮古島周辺には他にない海の美しさと、さんご礁、抜けきった青空という売り物がありますが、人はそれだけでは集まらないと思います。1週間も2週間も海と青空を見て楽しく過ごせる人は少ないでしょう。

南国の楽天も水の問題、台風に対する対策、日照りの続いた時の対策、南の島ゆえの戦争の歴史、現在のような飛行機も大型船も無かった頃は、小船に乗って故郷を離れ都会に就職する子供たち、夫の見送りと妻達の苦労、さまざまな歴史がその島を形作っていると思います。これらが宮古島周辺の観光資源になって、今回私が訪れてみて、宮古島近辺は10日、多良間島最低3日、地元の人の話では5日、計約2週間ぐらいないと見切れないと思ったわけです。

さて当故郷には何があるかということですが、地元の人達にはなんでもない日常のことが大当たりということがよくあるといわれていますので、当故郷の日常を多くの人に知ってもらう必要があります。その方法としては、新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど従来からのマスコミ、口コミが大きな力ですが、これには相当のお金がかかるか、無料でやってもらうには、プレスリリースの利用が必要ですが、毎日というわけにはいきません。

ランチェスターの法則という本を見ますと、マスコミを使った広告宣伝は、戦争で言えば機関銃、ロケットやミサイルで遠方を攻撃することに等しく、お金のある強い者しか取れない戦略、戦術です。しかしながら現在では情報戦に関しては、数万円程度のインターネット接続されたパソコンがあれば、自分が少し勉強することにより、デザインに凝ったものでなければ日本中の人に公開でき、ブログを使えばほとんど専門的知識が無くても検索エンジン対策からデザインもプロの作った物を使えて至れり尽くせりの宣伝が毎日できるのです。そうこうしているうちに、多くの人がどんなことに反応してくれるかがわかってきますので、それをわが町、村のお宝にしていけばいいわけです。

ブログの場合は、多くの人に繰り返し見ていただくためには、毎日更新することが必要ですが、日記を書くのと同じですから、練習によってできるようになります。また、共通の関心を持った人が毎日数百人も見にきてくれて、コメントなどもいただければ、書くのが楽しくなってきます。

お店の経営者などの場合は会議や接待で忙しくて書けない日もあると思いますが、そういう場合は奥さんが書くとか、従業員に書いてもらえばいいわけです。それによってより親しみを持ってもらえます。

この親しみを持ってもらうということが、大きな宣伝になりますので、単なる社長ブログでなく、従業員全員参加型のブログによるお店の宣伝が効果があるようです。

もう一つ大事なことは、例えば宮古島の場合、私が気に入ったレストラン「まほろばの里」があるのですが3日間の滞在中2回も行きました(そこはホームページはあるもののまだブログはありません)、例えそこがものすごく美味しいお料理を出していても、実際美味しいお料理ですが、そこだけに、お料理代の何十倍のお金を出して行く訳にはいきません。たくさんのお客様に来て頂くためには、島の観光めぐりの中で来てもらうしかないわけで、そのためには、島全体の観光と連携していなくてはならないわけですが、観光協会などと力を合わせると同時に、宮古島というブランドを島全体の人と力を合わせて作り上げる必要があります。この時、インターネットが力を発揮します。

どのように発揮するかといいますと、ヤフー、グーグルで宮古島、多良間島、伊良部島などと検索しますと、トップページからこれらの島々の観光に関するお店のホームページがずらりと並ぶのです。これはインターネットの世界では、大きなブランド作りに貢献します。各島を繰り返し繰り返しいろいろの方向から宣伝ができるわけですから、強烈です。大きなデパートか商店街に入ったと同じです。あちらこちら目を通していますと、行ってみようか、他にしようかと迷っている人なら、決めたこの島に行こうという気になります。

ぜひ皆様も各島を検索してみてください。なお、残念ながら私の泊まった「プキの家」と気に入った「まほろばの里」はまだ上位ページの中に入っていませんでした。

そして、ご自分の住んでいる町や村でも検索してみてください。そうしますと、私の住んでいる所の場合は全然雰囲気が違うのです。意識的に観光協会や、商工会議所などが指導してこうなったのか自然にできたのか判らないのですが結果的に素晴らしいものになっていました。ブランドになればこれは大きな戦力です。この続きは明日また。

宮古島南国民宿プキの家

宮古島「まほろばの里」

2006 12/14 06:33:47 | none | Comment(0)
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周りに多くの観光に適した材料が必要であることは当たり前ですが、ほとんどの地域の場合、人が昔から住んでいて様々な苦労を重ねて開拓してきていますので、それらを象徴する石碑、お宮、施設、通り、田んぼ、畑の景観があり、なにも富士山とか、京都とか日本でも名の通ったところでなくても、その地域で受け入れられる程度の人に来ていただくということは可能だと思います。なにしろ人は1億人強いるわけですから、多種多様の好みとか、興味をお持ちなのです。ただ、わが故郷の何がお宝であるかということが判りずらいということと、面としての観光地域作りが難しいということだと思います。

今回、宮古島周辺を回って歩き、感激したことは、水の美しさ。60歳になるまでに歩いた海水浴場のどこよりも美しいこと、これは自然が破壊されていないということです。また、残されている自然の美しさをを利用しての、ガラスボートで海の中を楽しめること。

山や川が無く、水利が悪いので灌漑という事では、日照りが続けば農業はひとたまりも無い状況に陥ったのを、島の地質、地下の地形を利用して、地下ダムというものを作ったこと。

風力発電というものを始めて見ましたが、5基作って1基しか残っていないということもこの島がまだ技術的に確立していない事業も積極的に受け入れる風土があるということを示しているんだなあと思いました。

歴史的資料を集めた博物館、これらのその地域独自の物があれば、特別に観光施設を作らなくても観光地にはなるのです。

そして2回も行った、沖縄民謡ライブのレストラン「まほろばの里」、周辺にある小さな島々、一つ一つを取ってみれば、お金をかけていく所ではないと思いますが、一帯を観光地とすればそれだけの価値がありました。

そして、一週間とか数週間の滞在を可能にする物価の安さ。宿泊については、東京のホテルは数をこなして安くしていますが、宮古島では設備にお金を掛けずに安くしていました。レンタカーにしても軽自動車が主だと思いますが、せまい島内を走るには充分でした。

この続きはまた明日にします。
2006 12/13 14:33:14 | none | Comment(0)
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puki.JPGこれから団塊の世代の人が大量に退職して、全国を回り、南国の島々を旅行したい、良かったら移住、定住したいという人がでてくると思いますので、その時は多分インターネットで下調べをすることと思いますので、その時、お世話になった「プキの家」にお寄りになりここを基地にして歩いていただくのが良いと思いますのでご紹介します。

前泊、後泊含めて6泊し、そのうち宮古島に4泊。1週間旅行したのですが、お金のかかるのは交通費と宿泊費。このうち宿泊費ですが、前泊、後泊は、飛行機を使う場合は飛行場近くの送迎つきのビジネスホテル。東横イン羽田大鳥居ホテルなら、今は競争が激しいので、夫婦二人でツイン、朝食付き、国内電話料無料、新聞無料、無線ラン、インターネット接続された無料パソコン2台、空港送迎無料でなんと1泊税込み9千円強で泊まれるのです。場所にもよりますが、早朝の便に乗ろうとしてタクシーを飛ばすよりはるかに安く利用できます。

さて、宮古島についてですが、今回は欲張って、宮古島本島、橋でつながった池間島、来間島、フェリーで行ける伊良部島、下地島、飛行機の方がよい多良間島と正味5日間宮古島周辺を旅したのですが、宿泊基地は「プキの家」一ヶ所にしました。4泊しましたが、これを数ヶ所にした場合、宿を調べる時間、申し込み手続き、宿を変えるたびに料金の精算、周りの調査、馴染むのに時間がかかりますし、下着等荷物を少なくして洗って使おうとしますと、同じ宿なら昼間回っているうちに干しておくこともできます。島内移動はレンタカーということにすれば、駐車場もありとても便利です。

長期泊まるとなりますと、その宿の人と上手く行かないと嫌な思い出となってしまいますが、プキの家の場合、写真を見ていただいてもお分かりのように、明るくて、全く気兼ねなく対応してくれました。それに「プキ」という中型のコーギー犬がいるのですが、このワンちゃん人なつこっくて、抱かれるというのは嫌がりますが、私達がトイレに行ったり洗面所に行ったりする時付いて来るというより案内してくれるという感じなのです。横で寝そべったり、旅の疲れを癒してくれることは間違い無しです。

料金詳細は、ホームページをご覧いただきたいのですが、朝食付き3,500円、夕食は、前日申し込みで1,500円。沖縄生産のオリオンビールも置いてあり、サーバーがありますので、とても美味しくいただけました。もちろん沖縄名産の泡盛も置いてありました。食事は宿のご夫婦と一緒に、今日の天候の情報、今日回る見所、ポイント、など必要な情報を聞きながらいただき、夕食を一緒にする時は、沖縄料理頂きながら今日の感想を聞いてくれ大変楽しく夕食を頂くことができました。一人またはご夫婦で夕食を取るより、島内を熟知しているご夫婦からの話も織り交ぜての話になりますので、今日のおさらい、明日回るときの参考になることをお聞きでき限られた時間を有効に使うことができました。

長期滞在の宿のあり方についても、大変役立ちましたので、もしそういうことを計画されている方もぜひ1回はいって見られる価値があると思います。明日はそんなところをご紹介します。

下記はプキの家さんからのメールよりコピーしました。


〜プキの家一同〜

********************
宮古島南国民宿 プキの家
〒906-0015 沖縄県宮古島市平良字久貝444
tel・fax 0980-73-0139
URL
ukinoie@hotmail.co.jp">mail :
********************
2006 12/12 08:58:48 | none | Comment(0)
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多良間島について書き残しておきたいことが二つあります。

その一つは、子供たちがとても明るいのです。私達がレンタカーを借りて回りだし最初の村教育委員会の説明看板を見て車を降りた所へ、通りがかりの自転車に乗った二人の子供が通りかかり案内してくれたのです。ここは昔の水汲み場のあった洞窟と、お風呂代わりに使っていた水の出る洞窟で、どちらも今は使われていないので、天井が崩れているのですが、説明してくれこちらの方は危ないから村の人でも入らない、僕らも入ったことは無いとの事。もう一方は、入れるけれど蝙蝠がいると教えてくれました。大人を全く疑っていないのです。本土では、大人が声をかけてきたら逃げろとか、知らない人には近づくなとか教えなければならない現実ですが、これにはビックリしました。しかし考えてみるまでも無く、人をいつも疑っていなければならない状態で育った子供たちが大きくなった時一体日本はどうなるでしょうか。

そういう社会にどうしてなってしまったのか、これは、家庭と地域社会が崩壊したためだと思うのですが、日本人は働かされすぎたのではないでしょうか。

学校の先生の責任では全く無いと思います。先生方の育った環境も社会も、高度成長真っ只中のことで、親は仕事仕事で家庭を放置はしないにしても、人間的な触れ合いは以前に比べて少なくなり、子供たちは受験受験で追いまくられ、受験用の知識だけを詰め込まれ、子供を育てるといった観点での教育を受ける機会は少なくなり、そういった状況で卒業。教師になった人が以前にもまして多くなってきたと思います。昨年教育専門の学者の講演をお聞きした時、今の日本で一番悩める子供は、高校の先生の子供で、相談に来たとき親の職業を聞けば高校の先生が多いとの事でした。多良間島の子供たちと私の住んでいる地域の子供たち、それよりグット都会の子供たち、山間部の子供たち、私は、観光ご紹介であちらこちら歩いているのでその経験上から見ますと、どう見ても違います。

そして今また、貧富の差を広げ、教師には更に仕事を押し付け、いっそう働かなければ家庭が維持できない状況に追いやろうとしていますが、こんなことをしていれば、いっそう家庭と社会は崩壊し、いろいろな不幸な出来事が頻発する事態になるのではないか、こんなことも考えさせられる旅行でした。

それともう一つ驚いたことは、昔から水浴する所が男女別々であったということです。私は今60歳ですが、確か小学校時代まで、親戚の家に行っても、村の男女一緒のお風呂を使っていましたから進んでいたのだなあということです。

ともかくいろいろの所を歩いて見ますと、この年になっても初めて知ったということが多いので、若い時からできるだけ、多くの所を旅行してみることが大事だと思います
2006 12/12 06:33:01 | none | Comment(0)
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今回の旅行は、本島から宮古島間行程は子供にすべて計画してもらってインターネットやパンフレットで調べたのは、出発2日前でほとんど行った所任せの旅でした。そんな状態でしたので、この多良間島に行ってみたいというのは、どうせ二度と行けないかも知れない所なので、宮古島の地図を見ますとさらに南に位置している大きな島があり、この際行ってみるかというのが動機でした。宮古島で次はどこに行くのか聞かれ、多良間島ですと答えますと、あんなところ行っても何もないという人、何も無いから価値があるという人。5日間のうち1日を当て、飛行機代も馬鹿になりませんから、失敗したかなと思っていて、実際行き予約したレンタカー屋さんでお聞きしたら、周囲25kmの島で、ダイビング以外には2箇所ほどの見所があるという返事でがっくりしながら出発したのですが、とんでもない違いでした。ところどころに、村教育委員会の立てた説明看板があり、最初は一つ一つ見ていたのですが、そのうちに時間が無くなり、日帰りコースの場合の滞在可能時間4時間が近づき消化不良で帰りの途につきました。日本本土の南方の島ですから、海から近づいてくる船舶の監視には大きく貢献したようです。その役所の史跡がいくつかあり、何十種類という南国の植物園。礼拝場で「御獄」と呼ばれるお宮。中にはここで官吏の夫を子供とともに見送ったと言うところもあり、就職で島を出て行く子供たちを見送った歌などもありました。途中に「宮古市の森」というものがあり泊まっていた宮古島市が作ったところかと行ってみましたところ、岩手県に宮古市という所があり昔江戸に荷をつんで帰りに難破して75に日流されて着いた所がこの多良間島で昭和になって寺の古文書からそのことが分かり、祖先を助けてくれたお礼にと、宮古市と多良間村の友好を示す象徴に作られた所のようです。それと暖かいせいもあるかもしれませんが木が大きく木々のトンネルを走れます。私たちの泊まっていた宮古島は大きな木というものが少なく、風が強いのかなと思っていたのですが、戦後切り出されてしまったかもしれません。時間が無く村の歴史資料館に行けずじまいでした。島内だけをじっくり回るだけでも3日は欲しいと思いました。帰りにレンタカー屋の送迎の人にお聞きしたら、近辺の島々も回るなら5日必要とのことでした。なお、文中呼称が私の記憶違いで違っているところが多いと思いますので、興味のある方は、インターネットで調べてみてください。
2006 12/10 06:15:05 | none | Comment(0)
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今日は北半分を見ようとまず池間島大橋を渡り池間島へ、ここで乗船券を買い、待ち時間をサトウキビをその場で搾り1杯150円で飲ませてくれるのでこれでのどを潤し、待っていると船主がやってきて船へ、今日は私たち夫婦しかいないので、貸切の状態で出航。昨日雨が降ったので状態としては最高ではないとのことでしたが、初めて海の中をガラス越しではありましたが見れて熱帯魚、さんご礁など色とりどりでこういう世界もあるのだなあと実感しました。こういう環境を大事にすることは確かに必要だと誰しも思うと思ったひと時でした。約1時間で下船し。

次はマングローブを見に行き、ここでもはじめて見るものなのでひとしきり楽しみ、1昨日の昼食の場所へ。沖縄民謡ライブを聞いて昼食。東京から来たという支配人さんから、この島に住み着いての感想をお聞きしたのですが、それなりの苦労もあることがわかりました。

次が宮古島博物館。ここでは、島内の石碑展をしていて、これは価値がありました。石碑は島の歴史を刻んだものであることがわかります。見ていて感心したのは、この島の住民は、漂流した外国の船人を何回も助けてその国から感謝され記念碑が立っていることです。

次は、地下ダムというもの。ここも世界的に有名だそうで、その構造、作った経過をわかりやすく展示しています。説明員の人からさらに詳しくお聞きしましたが、いろいろの謎が解けました。年中無休で開館しているとのことで、たくさんの子供さんたちが来てくれるとのことでやりがいを感じているようでした。水との闘いは、この島の歴史でもあり本土の人たちの税金で地下ダムができ感謝しているとのことでした。

ここで思いましたのは、博物館、地下ダム展示館等の資料を、インターネットでも公開して欲しいなと言うことです。じっくり時間が取れる場合はまだいいのですが、見切れない資料が展示してあり詳しくは帰ってインターネットでということができるといいのになあと残念でした。
2006 12/09 04:43:31 | none | Comment(0)
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まず宮古島に着いての第一印象は、人々がやさしいということです。初日に伊良部島に行ったのですが、帰りの船から下りようとして大きな荷物を降ろそうともたついていたところ、後から来た若い女性がひょいと手を貸してくれて難なく船から荷物を降ろすことができました。お礼を言ったところにっことしてそのまま行ってしまいましたが、この手伝ってくれたしぐさがなんとも愛らしく、60年生きてきてこういう手伝い方をしてもらったのは初めてで大変感激しました。また、夕食にと港のそばの赤提燈に入ったのですが、昼間の食事の量が多くておなかが空かず時間サービスという中ジョッキ250円2杯と肴に何か食べたのですが、普通これでは商売にならず嫌な顔をされるのがおちですが、そういうことが無いのです。また今朝インターネットカフェに来るため、タクシーを待っていたところ、近くのおじさんが、近寄ってきて「何をしているんだ」と聞きかれ、「私は朝が早いので布団の中でじっとしているのが苦痛なので、これから町に出るんです」と答えたところ、「俺の家はすぐ近くだから寄っていきな」と言ってくれました。都会に住まわれている皆さんももし宮古島伊良部島に来られたらきっと感激される場面が多くあると思います。こういう風土があるのは、島々のおかれた厳しい自然の中だからだこそということが、宿のご主人の話と、今朝乗ったタクシーの運転手さんの話で伺われました。これについては別の日にご紹介したいと思います。

昨日は、朝、宿泊した「ぷきの家」の奥さん手つくりのパンをいただき、9時からご主人にガイドをしてもらい宮古島島内を夕方6時まで回りましたが、ここで素晴らしかったのは、海の美しさでした。透明度が高いので波が無い日には数十メートル下まで見られるとのこと。あちらこちらの海岸にも連れて行ってもらいましたが、ほんとに美しいのです。昼食には、民謡ライブのレストランに寄りましたが、生ビールを飲みながらの民謡ライブは初めてで、もう一回寄ってみることにしました。また島の南端に行きますと、360度の景色を楽しめる灯台の上から島の右側と左側からの海流がぶつかり合う素晴らしい光景が見られました。最後に風力発電機の下まで行きました。遠くから見ているとゆっくり回っているようですが、プロペラの下に来ますと風を切る音がビューとして驚きます。この島には全部で5機ぐらいの風力発電機が作られたそうですが、台風で倒れてしまい残っているのはこの1機だけとのこと。その時は島の電柱数百本が倒れ復旧に2ヶ月くらいかかったということで大変だったそうです。今日と明日今度はレンタカーを借りて夫婦で島を回ってみますが、のんびり宮古島と周囲の島々を回って見るには、最低10日ぐらい無いとだめなようです。これから定年退職される多くの皆さんには、寒い時期に半袖で回って歩ける南国のこの地方も全国行脚の候補地に挙げておかれるとよいと思いました。
2006 12/07 06:30:02 | none | Comment(0)
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朝早く起きホテルのパソコンを借りブログを作ってから一休みし簡単な朝食。ホテルの送迎バスで羽田空港へ。羽田空港は何十年ぶりですが、成田空港並みではないかと思われるほどよく整備されていました。まだ朝7時前というのに、カウンターにはたくさんの若い人が仕事を始めていました。定刻の出発で定刻に宮古空港に到着。途中久しぶりに飛行機からの富士山や、今回始めて気がついたのですが、冠雪した南アルプス連山の雪で白く輝く光景を見ることができました。後は高度8,500m零下45℃の世界を約3時間15分飛んでいるだけで何もすることもないのでひたすら本を読みました。昨夜東京から一番遠いのは、飯田ではないかと子供から言われたのですが、飛行機という手段を使えば、時間的には飯田に一番時間的に近い高速バスで4時間15分ですから宮古島より遠いのです。その後隣の伊良部島へ高速フェリーで渡りましたが、これも10分。周囲35kmのこの小さな島でレンタカーを半日借りましたが、3,500円、ガソリン代をいれ4,000円強で観光案内にあるところはすべて見れて途中昼食は伊良部島内のレストランで食べたのですが、これがまた安いのです。島の名物とあった宮古ラーメンというのと、海鮮サラダは1人分を二人で食べましたが、食べきれないほどあって1人前1,000円かからないのです。宮古島に戻り夕食を取りましたが、時間サービスということで、生ビールが半額の250円。タクシーは初乗り390円、民宿にしても3,500円。とにかく何から何まで安いのには驚きました。そして思いましたのは、長期滞在型の観光地を目指す場合は、こう言った経済的安価さが絶対必要であるということです。そうでなければ、1週間とか1ヶ月のんびりしてきたいと思っても、普通の人には経済的に無理というものです。伊良部島の観光ご紹介は昨日1日だけでもブログでご紹介する場合は1ヶ月かかるほど内容がありますので日を改めてご紹介したいと思います。

飯田や南信州の観光における方策について得るところは大でした。

今回の旅は、ホテル、飛行機などほとんど息子の手配でできたのもので、昔の人が「銀も金も玉も何せむに 勝れる宝 子にしかめやも」と歌っていますが、まったくそのとおりだと感謝しています。今日もインターネットのニュースでは少子化のことが書いてありましたが、生むことができる人はたくさん生んで苦労をしてでも育ててください。良いことがきっとあると思います。
2006 12/06 05:57:47 | none | Comment(0)
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昨日昼過ぎ家を出て夜は品川で子供と夕食。今回は、子供たちから還暦のお祝いにと、宮古島に行ってくることにしました。昔、親たちを東京、熱海、大島旅行や北海道旅行に連れて行ったことがありますが、今度は私たちが子供たちにそういうことをしてもらう年齢になりました。感慨深いものがあります。今ホテルのパソコンで書いているのですが立ったままで書いていますので疲れます。今日は簡単にしておきます。
2006 12/05 04:30:39 | none | Comment(0)
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simokabuki3.jpg勤労感謝の日にあった歌舞伎最後の出し物は大人が中心になって子供まで含めて、それこそ村中で行われました。大芝居なので黒子の人、舞台を作る人等々大変な人数が必要ですから村中の人の協力が無くては到底できないことだと思いました。それにこう言うことができるのは、歌舞伎保存協会の会長さんの指導力によるところが大きいとのことでした。白髪のご老人ですが、演技する時の声は、全く若者です。

大鹿村、下條村の歌舞伎の他に、最近知ったのですが平谷村にも歌舞伎があるとの事。来年は行ってまたご紹介します。

昨日、NHKの日曜討論会をラジオで聞いていたのですが、教育問題の根幹の一つに教育基本法があり、日本人としての規範、郷土愛、愛国心がどうのこうのと言っていましたが、過労死するほど働かせ、家庭で子供と夕飯や朝食を一緒に食べられないようなところにはまったくと言っていいほど今まで手がつけられていなかったことが問題の中心的課題だと思うのですが、こういうところで村中が子供と一緒になって伝統芸のを引き継いで行こうと言うところを見ますと、ますますそう思いました。

なお、今日から一週間ぐらい留守にしますのが、インターネットカフェで投稿しようと思っているのですが、寝すぎたりして投稿できない時があるかもしれませんのでよろしくお願いします。
2006 12/04 06:12:46 | none | Comment(0)
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