ロシア映画社松本支局通信

2006年 11月 17日 の記事 (1件)


 草間彌生氏は1929年(昭和4年)長野県松本市に生まれる。松本高等女学校を卒業後、京都市美術工藝学校に進み日本画を学ぶ。1957年(昭和32年)に単身渡米しニューヨークを拠点に約16年間、彫刻活動、ボディ・ペインティング、反戦活動、映画制作など多岐にわたる活動をする。1973年(昭和48年)に帰国し東京を拠点に制作活動を続ける。
 彼女の生涯は決して平坦なものではなく、幼少の頃から幻視や幻聴に悩まされ、その幻覚の病とは完治することなく現在も闘い続けているという。そしてそのことが彼女の芸術作品の殆ど全てに係わっている水玉と網目模様となって表現されるのであろう。
 彼女の前衛的芸術作品は特にニューヨーク時代に花開き、帰国後も精力的に世界各地で展示・発表をし、その個性と才能は先ず世界で認められ、数々の賞を受賞している。日本でようやく彼女の作品を芸術と認め評価するようになったのは実に半世紀が過ぎてからであった。
 現在は松本市美術館で彼女の作品の常設展示室が設けられ数々の作品を鑑賞することができる。そして今年(2006年)10月、高松宮殿下記念世界文化賞を絵画部門としては日本人で初めて草間彌生氏が受賞したのである。

 尚、同世界文化賞の演劇・映像部門でロシアの著名なバレリスト、マイヤ・プリセツカヤが受賞しており、彼女のバレエ映画のビデオはロシア映画社電網店のページからお買い求めいただけます。


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 草間彌生氏の生家は当松本支局から歩いて数分のところに在る。松本が誇れる芸術家の一人だ。だが筆者には彼女の作品を何回観てもよく理解できない。恰も彼女の作品群が「そう簡単に理解されてたまるものか」とほくそ笑んでいるかのようだ。
2006 11/17 15:40:24 | none | Comment(0)
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