本日もどすこいねたです。
1977年は、輪島と北の湖が、横綱を競っていた年であった。
若乃花(二代目)が一度割り込んだが、後はこの二人で分けていた。
この場所も二人の競り合いとなったのである。
そして輪島と三重ノ海の取り組みの日を迎えた。
輪島はこの年円熟の域にさしかかっていて、成績も安定していた。
対する三重ノ海は、毎場所勝ち越すのが精一杯という感じ。
この日も輪島の楽勝をほとんどの人が予想していたことだろう。
ただ始まると、さすがにちょっと覚えていないが、確か差し手争いの後かに、三重ノ海がバシッ、ビシッ、と猛烈な張り手攻撃を行ったのである。
騒然となる館内。
そして輪島がひるむところ、三重ノ海は一気に寄り倒した(寄りきりか?)のであった。
この時輪島は口の中が切れ、血だらけになったそうであるが。
でもこの場所輪島は何とか優勝したが。
三重ノ海も勝ち越すことができた。
ただこの場所後、「張り手論争」が起きた。
「スポーツで国技なのだから、やり過ぎ」という説と「いや相撲もあくまで格闘技なのだから戦法として認められる」というものである。
ファンもマスコミも真っ二つに分かれて論争を行った。
確かにやり過ぎの感もあったが、この場所以降、輪島はだんだん三重ノ海に星を落とすようになった。
また他の力士達も三重ノ海戦をこわがるようになった。
逆に三重ノ海は若い頃の速攻がよみがえり、最後には横綱まで昇進するのである。
「張り手」あなたは賛成ですか、反対ですか?