天下を統一した豊臣秀吉はついに「朝鮮出兵」の準備を諸大名に命じました。
やっと平和になったのですが、もっと大変な戦争が始まることになりそうでした。
また相変わらず、諸大名の奥方は人質同然という形で上洛したままでありました。
その奥方達の多くは淀殿の機嫌を取っていました。
でも北政所は菊姫を案じて優しい言葉をかけたりして、奥方達をいたわることにも気をつかっていたのです。
ある日北政所が珍しい花が手に入ったと、奥方達を呼び集め その花を見せます。
みな驚きますが、この花は越後では多く咲いているものであったのです。
ある日淀殿はこの花を越後から大量に届けるようにと、菊姫とお船に命じました。
それが届くと淀殿はこの花を部屋いっぱいに飾り、北政所に見せるのでした。
北政所は一応賛美しますが、すぐに引き上げました。 面白いはずがありません。
ところがこの後秀吉の息子が病で早世してしまいます。 嘆き悲しむ秀吉と淀殿でした。
秀吉は関白職を甥の秀次に譲り、自分は太閤となりました。
また淀殿のところへは、諸大名の奥方達はあまり寄らないようになっていました。
彼女達は秀吉の子供が亡くなったことで、淀殿はもう側室の一人に過ぎない、と思っていたのです。
菊姫は逆に淀殿の元へ行き、彼女を慰め励ましたのです。 淀殿は感謝しました。
秀吉はそれでも朝鮮出兵を起こしました。 諸大名が海を渡り始めました。 そしてまた自分も海を渡ろうとさえするのでした。
上杉景勝と直江兼続もこの戦争に参加するため、軍を率いて、上洛しました。 そのかわり、景勝は菊姫と兼続はお船と会うことができました。
兼続とお船はつかの間の逢瀬を楽しみます。
また北政所は徳川家康と景勝、兼続を呼びます。 そして太閤自らの渡海を絶対に止めて欲しいと頼むのでした。
徳川家康はやはりこの戦争には参加したくないようなことを言います。
また景勝と兼続に「義」や「愛」について、あてつけがましいことを嫌味たっぷりに言いました。
ただそれは家康の言うことの方が正しいかもしれません。
兼続は石田三成にも会い、この軍を思いとどまらせようと掛け合いますが、三成の決意は太閤以上に固いものでした。
三成はまたもやこの軍が豊臣のためになる、という信念で動いているのでした。
ただある日菊姫とお船が淀殿に呼ばれます。 淀殿はこの軍はまもなく終わると言うのです。
淀殿は第二子を懐妊していたのでした。
上杉軍は博多まで行きますが、そこで止め置かれたまま一年あまりが過ぎてしまいました。
でもついに朝鮮へ渡ることが命じられたのでした。
今回は悪名高い「朝鮮出兵」です。 本当は「朝鮮侵略」というところなのですが、番組どおりにこのように書きました。
今回はあの織田信長も考えていたかのような作り方でしたね。
本当のことはわかりませんが・・・。
また上杉勢は参戦しなかったような気もしましたが、どうであったのかな?
また淀殿が第二子を懐妊。
これからまた時代は大きく揺らいでいくのですね。
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