かつて題名のなかったBLOG

2006年 12月 26日 の記事 (1件)


一応、年内で完結まで書くことができました。
なんだか、エライひっぱってしまってすんませんでした。
ひっぱるような内容でもないのにね。

それでは、後編をどうぞ。

前編はこちら
中編はこちら


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

いつもは、私が泉に到着すると
すぐに妖精が奥から出てきて
二人で事前の打ち合わせも兼ねて
ある程度の会話を交わすのだが、
その日は、しばらく待っても妖精が出てこなかった。

計画をいかにして実行しようか、
ここへ来る間中、ずっとドキドキしていた私にとっては
ちょっと肩透かしをくらった気分だった。

白馬の彼と会話をするとき、
妖精は私の頭の後ろに隠れている。
私の髪の毛のスキマから彼の顔を見ていると言っていたが、
彼の言葉や動作を見ることができても、
私が何をしているのかは
大きな動作をしない限りあまり見えないはずだ。
また、彼に夢中になっていれば見ようともしないだろう。

そこで、私は数枚の紙を用意してきた。
今日は会話の最中、気づかれないように
それを体の前で持つ。

その紙には、この奇妙な関係の真実を
全て暴露する内容が書いてある。
そして最後に、この森とは違う場所で
本当の私と二人きりであって欲しいと書いた。

真実を知った彼が、二度とこの森には来なくなって、
私と新しい待ち合わせ場所で会ってくれるようになったら、
自由に彼と話ができるようになったら‥‥。

こんな訳の分からない、おかしな関係には
早くピリオドを打ちたいのだ。

問題は、紙を出すタイミングと、
そのときの動きを妖精に気づかれないようにすること。
私はスカートのポケットに手を入れて、中の紙を確認し、
頭の中でシミュレーションを繰り返していた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
不意に声がして、私は慌ててポケットから手を出した。
妖精は、いつものように嬉しそうに私の方へ飛んできた。
いつもと違うのは、その手に何かを持っていたことだ。

「あ、これ? これを作ってたから遅れちゃったの。
 ちょっと飲んでみてくれる?」
そう言って、小瓶を渡してくる。
「うん? だから何、これは?」
「ほら、この前、彼が言ってたじゃない?
『疲労を回復する魔法薬が欲しいけど、
 味がまずいのが多くて困る』って」
「ああ、確かにそんなこと言ってたね」
「だから、花の蜜をベースに作ってみたの。
 多分大丈夫だと思うけど‥‥人間の舌に合うかどうか
 不安だから、ちょっと飲んでみてよ。ね?」

そんな努力をしても、
どうせ今日で彼に会うのも最後なのに‥‥。
私は、内心そう嘲笑しつつ瓶の中の液体を飲んだ。
「あら、美味しいじゃない。」
「ホント!? よかったぁ〜!!
 じゃあ、彼が来たらこれをプレゼントしてね!
 今度来るときにたくさん作っておいてあげる
 って言って!」
妖精は興奮気味に、私に先ほどと同じ小瓶を
数本押し付けてきた。
「分かった、分かった‥‥。」

そのとき。

ポトリ。
小瓶が手から落ちた。

おっとと‥‥。
そんなにいっぺんに渡してくるから‥‥。

あれ?

手に一本も小瓶が残っていない。

手の中に収まりきらなかった数本だけを
落としたんじゃない。

全部地面に転がっている。

おかしい。

手がしびれて感覚がなくなっている。
指を動かすこともできない。

いや、指だけじゃない。
全身が麻痺したみたいになって‥‥動けない。

どうなって‥‥。

「大丈夫、彼が現れるぐらいまでには
 そのしびれも収まってるから」

妖精の声がした。

まさか、さっきの薬‥‥?
これは‥‥彼に飲ませるんじゃ‥‥。

「悪く思わないでね。
 彼と声だけでお付き合いするのには、
 もう耐えられなくなったんだ。」

妖精が私の顔の目の前に回りこんできた。

「これからは、あなたの体を乗っ取って、
 自由に彼とお話したり、彼にさわったりさせてもらう
 ことにするわ。」

そうか‥‥この契約を‥‥終わりにしたかったのは‥‥
私‥‥だけじゃなく‥‥。

「これでようやく夢が叶う‥‥。
 ありがとう、あなたには感謝してるわ。」

妖精は、私の口を大きくこじあけると、
そこから体の中に入り込んできた。

まもなく、私は自分の意識が他の誰かに
だんだん侵食されていくのを感じた。
体を乗っ取られるというのは、こういう感覚なのか‥‥。

せっかく‥‥彼と自由に話ができると思ったのに‥‥。
イヤ、イヤだ、助けて!
最後に‥‥彼の顔を‥‥見たかっ‥‥た‥‥。


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それから、しばらくして。
白馬に乗った青年が泉にやってきた。
青年が馬から下りると、
嬉しそうに一人の少女が近づいていった。

「こんにちはぁ!」
「やあ‥‥。」

少女は、いつもとは違うハイテンションで
青年に抱きついていった。
一方の青年も、いつもとは違って笑顔がなかった。

「今日はどうしたの?
 めずらしく、ヨロイなんか着こんでいらっしゃって。」

青年は何も言わず、深刻そうな顔で少女を見つめていた。
少女は、青年から少し離れて青年の言葉を待った。

「実は、今日は君に‥‥、
 大事な話があるんだ‥‥。」

少女はドキッとした。
(つ、ついに告白‥‥!?)

「君は‥‥僕のことをどう思う?」

「ど、どうって、
 好きです! 
 その‥‥よろしければ‥‥
 ぜひ私と、お付き合いを‥‥!」

それを聞いて、
青年は、やっと安堵の表情を浮かべた。

「よかった‥‥。
 僕も君のことが好きだ。」

少女は、嬉しさを隠し切れなくなって、
涙を流しながら青年にあらためて抱きついた。
泉のほとりで抱き合う二人。

しばらく抱き合った後、
少女を抱きしめたまま、
青年が静かに、そして重く口を開いた。

「実は‥‥今日、僕の家が没落した‥‥。」
「え!?」

青年はそのまま、ポツリポツリと話し出した。

「親父が、不正な税金の横領を行っていたんだ。
 それが、国にバレた‥‥。
 今日になって家に、軍隊が派遣されてきた。
 親父は逮捕されたよ。
 一家はおとりつぶし‥‥。
 僕らはもう、おしまいなんだ‥‥。」
「そ、そんな‥‥。」
「もう、僕は、
 どうしていいか分からない。
 どうやって暮らしていけばいいか、
 どうやって生きていけばいいか、分からないんだ!」
「そ、それは‥‥。」
「お願いだ!
 僕は、君のことが好きだ!
 だから‥‥僕と一緒に‥‥!」

青年が少女の体をグッと引き寄せ、
さらにきつく抱きしめた。

「そんな‥‥バカな‥‥。」

少女の体はガタガタ震えていた。

「ゴメン! 本当にゴメン!!」

青年は少女を抱いたまま、泉に飛び込んでいった。

泉に大きな水しぶきが立つ。

「せっかく、せっかく自由に動けるようになったのに、
 あなたに触れるようになったのに、
 告白して両想いになれたのに‥‥。
 どうして‥‥こんなことに‥‥イヤ、イヤよ助けて!
 助けて!!」

少女の叫びは水の中でかき消され、
青年と少女は、二度と上がってこなかった。

森は、いままでどおりの静かな場所に戻った。

(終わり)
2006 12/26 06:13:10 | ショート・ショート | Comment(0)
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